第65話 降伏宣言
互いの顔がはっきりと見える距離になっても、軍隊からの攻撃は始まらなかった。
彼らは一様に緊張した様子で静止している。
ある種の覚悟が決まった表情だ。
しかしそれは、戦って死ぬためのものではない。
むしろ正反対――生存への執着だった。
不思議に思いつつも、私は朗らかに話しかける。
「どうも、こんにちは。皆さん揃ってどうしたのですか。戦意喪失でしょうかね」
「その解釈は否定できない」
軍隊の中から声が上がった。
前に出てきたのは軍服姿の女だ。
無造作に伸びた深緑色の髪と鳶色の目が特徴的である。
射抜くような眼力は彼女の実力を窺わせる。
勇者パーティーの一員としても十分にやっていけるほどの力量を持っていそうだ。
足を止めた私は彼女に尋ねる。
「あなたが代表者ですか」
「そうだ。この牢獄の看守長を務めている」
「ではなぜ攻撃してこないのですか。我々は侵入者ですよ」
私が自分を指差して告げると、看守長は小さく鼻を鳴らす。
愚問とでも言いたげであった。
彼女は毅然とした口調で言い放つ。
「全戦力を以てしても止められないのは分かっている。お前は、あまりにも異次元すぎる」
「まるで知人のような口ぶりですね。あなたとは初めて会ったはずですが」
「この目がお前の力を視ている」
彼女の双眸のうち、右目の色が変わった。
紫色に発光した虹彩に魔法陣の模様が浮かんでいる。
それを見た私は感心の声を洩らした。
「ほう、魔眼ですか。珍しいですね。どんな効果ですか」
「相手の戦歴を幻視できる。お前が闇の魔王を葬り去ったのだな。聖剣の化身をも凌駕している。崩剣にも勝ったな?」
「その通りです。魔眼の力は本物のようで」
『吾はまだ敗北しておらぬ。この女、いい加減なことを抜かすなァッ』
荷物持ちのナイアが主張しているが、今は本題ではないので無視する。
看守長が手を挙げると、待機中だった軍隊が同時に動いた。
彼らは左右に分かれて監獄内への道を開ける。
「我々にはお前の抹殺命令が下されているが、無為に命を散らすほど愚かではない。勇者一行なら勝手に連れていけ」
「いいのですか? 国から処罰されるのでは」
「国はすぐに滅ぶだろう。我々を処罰する暇もないはずだ」
「……ふむ。読みが鋭いですね。魔眼を抜きにしても賢明なようです」
「馬鹿なままでは生き残れないのでな」
看守長が皮肉を込めて言う。
圧倒的な力を持つ私を前にしても、彼女の心に恐怖が滲むことは微塵もなかった。




