第50話 崩剣ナイア
崩剣の切っ先がナイアの胴を貫いた。
柄を捻って傷を抉りつつ、一気に持ち上げて引き抜く。
そこから急速に魔力が拡散した。
靄の身体が生気を失ったようにしぼんでいく。
『うごおぉぉ……力が、失われてゆく……』
ナイアの苦悶する声が響き渡る。
漲っていた力が噴水のように上がって霧散していた。
今の一撃が致命傷になったようだ。
靄の身体は魔力の塊のようなものである。
大きな綻びができると、一気に瓦解してしまう。
ただ、あまりにも威力が高すぎる。
私は刃に魔力を通したが、精々が無力化させる程度だ。
ここまでの結果を期待していたわけではない。
そうなると原因は一つに絞られる。
私は握った崩剣を見やった。
(どうやら傷口から魔力を拡散させるようですね)
崩剣の特殊な能力が発動したらしい。
ただの傷でも魔力の漏出は起こるが、目の前の現象に比べると誤差の範囲だ。
この剣は相手を弱らせることに特化している。
まさに"崩れさせる"というわけだ。
加えて拡散させた魔力を刃が吸収し、自動的に性能を底上げしていた。
ナイアの魔力を取り込んだことで、切れ味がさらに良くなったのだ。
その効果は、体内を貫いた時点で作用していたに違いない。
だから予想外の威力になってしまった。
戦闘時、私の直感は正しかった。
こんな剣の放つ斬撃を防御するのは不可能だ。
さらに掠り傷からでも魔力を枯渇させてくるのだから厄介極まりない。
理論上、どれほど高位の存在でも葬り去れるのではないか。
かなり危険な武器であり、過去の勇者が人知れず封じたのも頷ける。
ちなみに現在の使用者である私からも、柄から魔力を吸い上げていた。
なんとか抵抗しているが、気を抜けば干からびそうだ。
魔力操作も覚束ない者が触れれば、瞬時に命を落とすことになるだろう。
崩剣とは、関わる者すべてから力を奪い尽くそうとする恐るべき武器であった。
(そこに宿るのがナイアというわけですか)
私は目の前に倒れる靄の身体を見下ろす。
瀕死だが消滅には至っていない。
己の依代である崩剣が健在である以上、死を迎えることはないのだろう。
とりあえず戦闘は終了した。
ただ、ここで大人しく引き返すほど私は臆病者ではない。
不本意ながらナイアと接触してしまった以上、色々と聞き出しても損はあるまい。
聖剣シアレスと同等の存在なら、何かしらの有益な情報を持っているかもしれなかった。
今回の依頼には関係だろうが、話をしてみる価値はある。