第5話 エルフの森
魔王曰く、秘宝の封印場所は最近になって判明したらしい。
ただ肝心の場所が問題で、誰を派遣するか協議していたそうだ。
そこに私が来訪し、依頼を受けたというわけである。
契約から十数日後、私はエルフの森に到着した。
ここが件の秘境であり、闇の秘宝が眠っているのだ。
(悪しき存在を鎮めるのに最適ですね)
私は森の前で納得する。
瑠璃色の葉が揺れる森林は朝日を浴びて輝いている。
まるで宝石のようだ。
かつてはこの土地を巡って各国が戦争を起こしたらしい。
その歴史もあながち嘘ではない。
権力者ならば手に入れたくもなるのも仕方なかった。
森そのものが一種の財宝となっている。
(ここから封印場所を特定するのは面倒ですね)
私は広大な森を眺めながら考える。
特にこれといった捜索方法はない。
感知系の魔術で暴くことができれば簡単だが、森全体が聖なる気に溢れているせいで、その類の術が麻痺している。
私の五感を駆使しても、ここから封印場所を見つけるのは至難の業だろう。
もっとも、それほど絶望はしていなかった。
闇の秘宝なんて代物を封じているのだから、厳重に管理されているに違いない。
隠蔽工作が施されているとしても、絶対に誰かが情報を持っているはずだ。
そして、誰が情報を持っているかは明らかだった。
私は特に気負うことなく深い森に踏み行った。
道もない場所を淡々と歩いて進んでいく。
その途中、死角から数本の矢が飛来してきた。
こちらの急所を的確に射抜く軌道だ。
私は振り向きざまに剣で打ち払う。
切断された矢は、そばの樹木に突き立って止まった。
「これで残り九回……」
そう呟きながら剣を鞘に戻し、矢の飛んできた方向を注視する。
樹木の枝に紛れて、複数の人影が覗いていた。
こちらに向けて弓を構えているのは、耳の長い色白の亜人――すなわちエルフ族だ。
森の守護者であり、闇の秘宝の管理人。
私の侵入をいち早く察知して駆け付けたらしい。
エルフの一人が冷徹な声音で私に問う。
「何者だ」
「気にしないでください。ただの旅人です」
「ふざけるな。目的を言え。さもなくば射殺す」
エルフは口調を変えずに告げる。
殺気と敵愾心を隠そうとせず、油断もしていない。
彼らは良い戦士だった。
相当な鍛練を窺わせる覇気である。
問答無用で仕掛けて来ないのは、こちらの素性や目的を聞き出すためだろう。
新たな脅威が訪れる可能性を考慮している。
話も聞かずに仕掛けてくる魔族より利口だと思う。
組織の形態が上手く整えられているのだろう。
(しかし、どう説明しましょうか。本当のことを伝えても逆効果でしょうし)
エルフと対峙する私は呑気に思案する。
まさか魔王のために秘宝を奪いに来たとは言えない。
その瞬間、敵対関係が確立して惨たらしい殺し合いをする羽目になる。
攻撃も九回が限度なのだ。
封印の破壊に一度使うつもりなので、実際は八回しか攻撃できない。
エルフ族は目の前の者達以外にも大勢いる。
殺戮に対する忌避感はないものの、不必要な破壊を撒き散らす気もなかった。
「答えろ。貴様は何者だ!」
エルフの語気が強まる。
既に痺れを切らしており、いつ矢が放たれてもおかしくない状況だった。
私は本格的に参っていた。
我ながら言葉だけの交渉術にはそれほど自信がない。
ここから無血で場を治める方法を知らなかった。
何を言ってもエルフ達は攻撃してくる。
その確信があった。
「ううむ、困りましたね」
色々と迷った末、私はいつもの微笑を浮かべた。
まずは脳裏を埋めていた案を捨て去る。
そして、ゆっくりと、剣を振りかぶった。
「一太刀につき金貨一枚……」
辿り着いた結論は至極単純だ。
敵対するすべてを叩き斬ればいい。
生憎と八回しか攻撃できないが、出力を調整すれば、余裕を持ってこの森を伐採し尽くすことができる。
封印場所はその後にでも探せばいい。
場合によっては木々を燃やすことも視野に入れておこう。
それは攻撃には入らない。
捜索に邪魔な物を排除するだけだ。
結論が出てしまえば、行動を躊躇うこともなかった。
私は樹木の上のエルフ達に狙いを付けると、柄を握る指に力を込めて――。
「待て、強き人間よ。剣を下ろすのだ」
強靭な意志を感じさせる声がした。
一触即発の状況で発せられたその声に応じて、私はひとまず攻撃を中断する。
前方に白いローブに身を包む老人が立っていた。
容姿からしてエルフのようだが、漂う雰囲気がなんとなく違う。
内包する高位の魔力は、底知れない規模だ。
私はその老人に尋ねる。
「あなたは誰でしょう?」
「古より生けるハイエルフ。この森の統括者じゃ」
老人は毅然とした態度で述べる。
金色の双眸は、何もかもを見透かすような視線で私を捉えていた。