第49話 崩剣の力
ナイアは暫し硬直する。
予想外の展開に驚いているらしい。
やがて嬉しそうに大笑いする。
『ふははぁっ! 多少やるようじゃなァッ!』
ナイアの手が動いた。
弾いた崩剣が吸い込まれるように飛来し、それを掴むと同時に斬りかかってくる。
(剣を手元に引き寄せる能力ですか)
加速する一撃に対し、私は防御を選ぼうとする。
しかし、崩剣から不吉な力を感じ取り、寸前で回避に切り替えた。
掠めるように通過する刃を見切りつつ、後方へと跳んで距離を確保する。
全身に魔力の身体強化を施すと、構えを取るナイアを観察した。
(崩剣の刃は危険ですね。下手に受けると致命傷になりそうだ)
生憎と専門家ではないので詳しい仕組みは不明だが、あの剣は特殊な力を内包している。
聖剣が破邪の力を持っているのと同じ形式だ。
武器として唯一無二の能力を獲得しているのだろう。
推測するに、崩剣は莫大な破壊力を有している。
ナイアの靄の身体から感じられる魔力とは見合わない雰囲気だ。
おそらく魔力の変換率が異様な数値となっている。
ほんの僅かな消費を代償に、その数十倍の威力を引き出せる性能であった。
聖剣は魔族を葬り去るのに適した武器だった。
崩剣はあらゆる存在を滅するための武器といった具合だろう。
(私程度の身体強化では、紙切れのように切り裂かれますね)
にじり寄る死を認識するも、恐怖を感じることはなかった。
むしろ闘争心が湧き上がってくる。
私を殺し得る武器に出会えることは滅多にないのだ。
使い手の技量も悪くない。
自然と期待を抱いてしまうのも仕方ないだろう。
私の様子をどう思ったのか、ナイアは苦笑のような声を洩らす。
『この状況で笑うか。真性の変態じゃな』
「否めませんね。我ながら酔狂な守銭奴でして」
私は自虐しながら突進し、不意を突くように仕掛ける。
すくい上げるように刺突を放った。
魔力を纏わせた切っ先は、霧の首筋を浅く切り付ける。
その箇所から魔力が噴き出してナイアが焦る。
『ぬおっ!?』
「手元が甘いですね。こちらはまだ加速できますよ」
私は嬉々として連撃を繰り出していく。
ナイアが崩剣で防ごうとするので、それをさらに避けながら攻め立てた。
向こうの動きは、明らかにこちらの武器破壊を狙っていた。
一度でも崩剣に接触すれば、私の剣は粉砕されるだろう。
長年の経験からそれを直感で理解していた。
確実性を優先するため、私の攻撃の手は控えめだ。
それでもナイアを追い詰めるには十分すぎるらしい。
形勢は着々と傾きつつある。
『ず、ずるいぞっ!? 妙な能力を使うなッ』
「ただの技術です。誰だって再現できるのですよ」
崩剣による防御が躱されていることについて言っているのだろう。
しかし、これは私の純粋な技だ。
決して特殊な能力ではない。
互いの状態に合わせて最適な動きを取っているだけだった。
そのうち私の一撃が、剣を握る靄の手に命中した。
取り落された崩剣を見て、私は素早く腕を伸ばす。
柄を握り込んだ保持すると、その刃をナイアへと向けた。
「さて、崩剣の力を見せてもらいましょうか」
『待て――』
ナイアが戦慄する。
その胸を狙って、私は崩剣を突き放った。




