第42話 それぞれの役割
勇者が奇妙な顔で口を開閉している。
どうやら何かを躊躇っているらしかった。
やがて彼は言いづらそうに呟く。
「聖剣はあんたを選んだ。俺じゃ力不足らしい」
「実力なんてどうとでもなります。本当に大切なのは役割だと思いますよ」
私は朗らかに反論した。
勇者は怪訝そうに訊き返してくる。
「何が言いたい」
「人には為すべきことがあります。己の立ち位置に見合った行動を心掛けるのが一番ではないでしょうか」
「つまり俺にどうしろと?」
「勇者として生きればいいのです」
私は断言する。
そして、己の胸に手を当てながら持論を語った。
「私は守銭奴の傭兵です。英雄として持て囃されるべきではない」
「……俺だって血統に驕る人間だ。勇者の資格はない」
「おや、自覚していたのですね」
「黙れ」
勇者が睨み付けてくる。
さすがに冗談が過ぎたようだ。
私は咳払いをして微笑を消した。
「話を戻しますが、世界とは役割を軸に回っています。私には私の役割があり、勇者殿にも同じように役割があります。それらが些細な差で入れ違うべきではないと思うのです」
「つまり、あんたは勇者にならないってことだな」
「はい。私は代行の刃です。表舞台に立つべき存在ではありませんからね」
表舞台とは"本物"が担う場所だ。
間違っても私が出向くべきではない。
どこまでいっても代行なのだ。
それ以上の活躍は無粋であると思う。
私は佇む勇者に向けて――否、勇者が腰に吊るす武器に向けて告げる。
「聞こえましたか。これが私の答えです。あなたにも唯一無二の役割がありますよ、シアレスさん」
『……うむ。理解した』
聖剣シアレスは苦々しい口調で答えた。
さすがにこの流れから私を勧誘する気はないようだ。
『剣聖リゼン。汝は不思議な男だ。まるで雲のように本質を掴むことができぬ』
「大げさですよ。物事を深く考えていないだけです」
私は視線を勇者に戻した。
そして彼に声援の言葉を投げる。
「シアレスさんの協力があれば、今代勇者の名に恥じない実力も得られるでしょう。大変でしょうが頑張ってください」
「……分かった」
勇者が頷いた。
それを見た私は微笑する。
「生きていれば、また会うこともあります。お互いに役割を全うしようじゃないですか」
それだけ言うと、私は歩き出す。
今度は誰にも止められることはなかった。




