第4話 託された任務
翌日、私は魔王軍の支配域を出ると、大陸をひたすら北上し始める。
人里離れた地域を突っ切り、とある秘境を目指していた。
魔王からの依頼をこなすためだ。
結局、あれから魔王と契約を交わすことができた。
一太刀につき金貨一枚の傭兵契約である。
敗北した魔王に拒否権はなかった。
おかげで交渉が円滑に進んだのは言うまでもない。
私にとっても望ましい展開であった。
魔王から依頼されたのは、聖剣に封じられた闇の秘宝の入手だ。
闇の秘宝とは魔王の愛用していた装備で、大いなる力が宿っているらしい。
ところが勇者との決戦後、聖剣を触媒に封印されたのだという。
その封印を解いて、秘宝を持ち帰るのが今回の仕事だった。
現在の魔王は百年前の決戦と比べて弱体化している。
闇の秘宝に封じられた分の力を失っているためだ。
本来の実力ならば、私にも遅れは取らないと豪語していた。
闇の秘宝を手にすることで、魔王は全盛期に近い実力を得る。
それによって世界征服の段階を進めるつもりなのだろう。
現状でも強さは一級とも言える領域のため、人間側との戦力差は決定的になるはずだ。
少なくとも今の勇者パーティーでは万に一つも勝ち目はない。
(世界の勢力図が塗り替わるでしょうね)
もっとも、私の知ったことではない。
契約の前では些末な事象だ。
私の剣は金貨一枚で振るわれる。
ただその原則に従って動くまでだった。
契約における背景事情を考慮すべきではない。
傭兵とは、条件次第で黒にも白にも染まり得るのである。
(それにしても、秘宝の入手を命じられるとは。てっきり勇者暗殺でも頼まれるかと思っていたのですが)
私は契約時の魔王を思い出す。
依頼内容に不満はない。
ただ意外だっただけである。
魔王の立場を考えると、私に勇者を抹殺させるのが最適解だろう。
力を取り戻すのは確かに大切だが、剣聖リゼンの実力は理解したはずだ。
暗殺命令が手っ取り早いのは言うまでもない。
それなのになぜ迂遠な方法を選ぶのか。
真意を尋ねてみたところ、どうやら魔王が勇者を殺すことに魔術的な意味があるらしい。
これによって過去の敗北を清算して能力を増幅できるそうなのだ。
闇の秘宝と同様、全盛期へと戻るための工程である。
ならば私が魔王の補佐となり、勇者との直接対決を助けるのが一番なのではないか。
そう訊いてみると、沽券に関わるとのことで却下された。
魔王なりに矜持があるようだ。
こだわりに殺されては元も子もない気がするものの、私は何も言わずに出発したのだった。
他者からすればどうでもいいことでも、本人にとっては命より大切な場合がある。
私の契約などは最たる例と言えよう。
最強とも言える武力に枷をはめて、己の意志ではなく他者の支払う金で振るう先を決めている。
見る者が見ればさぞ愚かしいだろう。
それでも私は契約に基づいて行動する。
己の才覚に気付いた時より心に誓った法則であった。
私は地図を片手に辺境を進む。
昼夜を問わず移動と休憩を繰り返しながら歩き続けた。
途中で何度か魔物に遭遇するも、気配を消して誤魔化したり、殺気を浴びせて脅すことで戦闘を回避する。
そうして一度も剣を振るわずに進んでいった。
魔王からの前金は、赤い小さな宝石だけだった。
親指の爪くらいの大きさで、これといった効果はない。
だいたい金貨十枚程度の価値である。
つまり今の私は、十度の斬撃しか放てない。
無駄遣いが許されない回数だ。
だから余計な戦闘をせずに目的地へ向かっている。
金貨十枚とは、魔王の資産からすると些か控えめだろう。
ただ出し渋ったのではない。
おそらくは私の暴走を恐れている。
最低限の攻撃回数に留めることで、不測の事態を防いでいるに違いない。
(賢明な判断ですね。あの魔王は慎重かつ狡猾だ)
魔王の視点からすると、剣聖リゼンは己を遥かに凌駕する人間である。
友好的ではなく、かと言って敵対的でもない。
突如として配下を殲滅したかと思えば、金銭による契約を提示して、魔族側に加担する仕事を快諾する。
どう考えても意味不明だった。
率直に言うと気味が悪い。
警戒するのは当然であり、おそらく信頼もされていなかった。
一方で、私が契約を厳守する性格なのは伝わったはずだ。
だから前金が金貨十枚なのだと思う。
不必要な暴走を抑えつつ、仕事を遂行できる額であった。
今回の結果を踏まえて、魔王は私の扱いを決めるに違いない。
部下として重宝すると分かれば、待遇も良くなるだろう。
晴れて私は魔王軍の仲間入りというわけだ。
別にそれを嬉しく感じるようなことはないが、金払いの良い雇用主は大歓迎だった。