第35話 名声の重さ
気を取り直して全体の形勢を確かめる。
後方の勇者パーティーはやや優勢だった。
前方では、飛んでいった勇者が集中攻撃を受けている。
劣勢には違いないものの、しぶとく生き延びていた。
(頃合いを見て、魔族達にとどめを刺しますか。確実性を優先するなら、もう少し粘るべきですが)
斬撃の制御は必須である。
街に被害が出ないようにしなくてはいけない。
ただ殲滅するだけなら、この瞬間にでも実行可能だが、私は契約遂行を至上としている。
魔族だけを破壊することが今回の絶対条件と言えよう。
主戦力である魔族の本隊さえ殺し切れば、あとは勇者パーティーや街の兵士に任せられる。
私も攻撃を引き付ける盾として参加できるので、盤石な陣を組んで進められるはずだ。
とにかくこの場の魔族が減れば、他のすべてが円滑に展開する。
ここが勇者パーティーの正念場だった。
「うおおおおおぉぉっ! クソどもが、どけ! 殺るなら剣聖リゼンを先にしやがれェッ!」
前方では勇者と魔族が乱闘を繰り広げていた。
勇者の訴えが聞こえてくる。
どうやら私を売ろうとしているらしい。
私は思わず苦笑する。
「ふふ、薄情ですねぇ」
しかし魔族が狙いを私に移すことはない。
遠距離からの術を完璧に防御した上、不意に勇者を投げ付けてくるのだ。
殺すのは難しいという印象が植え付けられたことだろう。
もし魔王討伐のことも知っていると仮定すれば尚更だ。
命を狙うとなれば絶対に犠牲が出る。
彼らはその中に己が含まれないようにしたいのである。
魔族達も一枚岩ではない。
こうして徒党を組んでいるものの、それは成り上がるのに都合がいいからだ。
互いを警戒して、いつでも蹴落とせるように考えていた。
(誰かが私を消耗させるまで待っているのでしょうね。まったく、嘆かわしいものです)
対して勇者を狙うのは気楽だろう。
聖なる力は脅威だが、私と比較した場合の実力差は明白である。
勇者は魔族を相手に防戦一方となり、余裕もなく逃げ惑っていた。
加えて命を奪った場合の功績も遥かに大きい。
勇者殺害を成功させた者は、次の魔王を名乗れると考えても過言ではなかった。
当然ながら魔族側が優先的に狙う標的も決まってしまうというものだ。
いつの間にか攻撃されなくなったことで、私は悠々とため息を洩らす。
戦場で棒立ちになっても安全なのだ。
頭上を数体の魔族が旋回飛行して様子を窺っているが、笑顔で手を振ると慌てて勇者のもとへ飛び去ってしまった。
残念ながら人気では勇者に大敗しているらしい。
それを悟った私は、事態が動くまで待つことにするのだった。