第34話 粘る勇者
唐突に前方の家屋が爆発した。
そこから土煙と共に勇者が飛び出してくる。
身体強化を駆使する彼は、立体的な挙動で俊敏に動いていた。
私は足を止めて眺める。
「おや」
勇者は魔族の連撃を避け続けていた。
最低限の動きだけで凌ぎ、体力や魔力の消耗を抑えている。
私の知る勇者とは思えないほど効率化されていた。
追い詰められたことで才能が目覚めたのだろうか。
さすがは勇者の血統である。
人格的に問題はあるが、やはり英雄の素質を備えているのだろう。
(これは嬉しい誤算ですね)
土壇場で踏ん張れる男だとは思っていたが、まさかここまで成長するとは思わなかった。
面白い反応を見せてくれると、さらに窮地に追いやりたくなってしまう。
魔族の術が勇者の顔を掠めた。
ところが彼は動揺しない。
それでは死なないと確信していたからだろう。
大した胆力である。
間もなく勇者は魔族の包囲網を突破した。
彼は振り切るような速度でこちらに接近してくる。
(自力で抜け出してきましたか。やりますね)
素直に感心していると、勇者が躊躇なく斬りかかってきた。
大上段からの振り下ろしを脇へと受け流す。
体勢を崩した勇者だが、構わず回転斬りへと繋げてきた。
「この野郎がッ」
「戦闘中に錯乱とは感心しませんね。敵と味方を間違えていますよ」
「間違えてねェよッ!」
勇者は唾を飛ばして叫び、遠慮なく聖剣を打ち込んできた。
魔族に対する攻撃よりも苛烈である。
「死ね! この外道ッ」
罵倒もなかなかに酷い。
魔王を殺した人間に向けるべき言葉ではないと思うが。
もっとも、怒り狂う者に細かな道理は通用しない。
そんな私達の攻防を眺める魔族は、大げさに嘲笑していた。
攻撃の手を止めて愉快そうに見物している。
「ギャハハハハッ、仲間割れしてやがる! 無様な勇者サマだぜ!」
「黙りなさい」
私は冷淡に言い放ち、空振りした勇者の頭を鷲掴みにした。
そして再び投擲する。
聖なる力を帯びた砲弾と化した勇者は、愚かな数体の魔族を肉塊に変えた。
これが私の攻撃として換算されるのか微妙なところだ。
まあ、勇者が倒しているので彼の功績と考えていいはずである。
私の働きは金貨一枚分には満たないだろう。
この辺りは私のさじ加減で決まる。
だから今回に関しては不問ということにしておく。
人間を投げたくらいで一太刀の判定にはならないだろう。