第32話 勇者の底力
勇者は音を置き去りにする勢いで滑空する。
そのまま魔族の只中に突っ込んだ。
浮遊していた数体を貫通して殺害すると、彼は建物に激突して姿を消す。
直前に魔力が活性化したので、咄嗟に身体強化で防御したのだろう。
魔族達は勇者の突っ込んだ建物に殺到し、外から術による飽和攻撃を開始する。
脆い建物はあっという間に穴だらけとなった。
室内の勇者は、生死が分からない状態である。
「おー、いい調子ですね」
呑気に眺めていると、賢者が怒りを露わに掴みかかってきた。
彼は必死の形相で勇者のいる建物を指差す。
「何をしているんだ! 魔族に殺されてしまうぞ!」
「大丈夫ですよ。見ていてください」
私は悠々と剣を構えた。
勇者に釘付けな魔族達に向けて叫ぶ。
「――閃竜破王斬ッ!」
私の声に反応した魔族達は、ぎょっとした様子でこちらに注目した。
反応が良い者は全力で防御魔術を張って備えるか、天高く飛んで回避しようとする。
しかし、私は剣を振り下ろしていない。
構えた姿勢で笑っているだけだ。
少し魔力を高めただけで、魔族達が勝手に反応したのである。
つまり攻撃するふりだった。
刹那、崩壊寸前の建物から勇者が飛び出した。
彼は聖剣に魔力を流し込むと、力任せに振るって斬撃を飛ばす。
連続で放たれた斬撃は、神々しい光と共に魔族の断末魔を強いた。
禍々しい魔力が霧散して周囲の空気が変わっていく。
かなり大雑把な上に精度も及第点といった具合だが、それでも彼は勇者の血を継ぐ者だ。
たとえ乱雑だろうと、常人では決して届かない出力の攻撃に昇華させる。
加えて魔力の性質は破邪――魔族にとって致命的な属性だった。
私に気を取られた魔族達は、勇者の反撃で次々と浄化された。
彼らは墜落して瀕死になっていく。
勇者は上手く別の建物の屋根に着地すると、魔族からの術を避けながら路地へと消える。
彼はまだ未熟だが、世界を救えるだけの生存能力は持っている。
あのように追い詰められれば力を発揮できるのだ。
私は逃げる勇者を指し示しながら賢者の顔を見やる。
「ほら、上手くいきました。誰を警戒すべきか分かっているのですよ。故に隙が生まれやすい」
「……流石だな」
「お褒めに預かり光栄です」
何か言いたげな賢者をよそに、私は悠然と微笑むのであった。