表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/122

第26話 金貨一枚の価値

 やがて少女は何かを握り込んで差し出してくる。

 彼女は不安そうにしながら手を開いた。


「これじゃだめ?」


「ほう、貝の装身具ですか」


「お母さんからもらったお守りなの。とても大切だけど、街がなくなったら困るから……」


 少女は唇を噛みながら説明する。

 これを契約の報酬にしたいらしい。

 よほど大切な物であるのは表情からよく分かる。


 私は顎を撫でつつ装身具を精査する。


「ふむ」


 手作りのそれは、素材はどこでも手に入るような物だった。

 単純な価値は銅貨十枚にも満たないだろう。


 次に私は親子を順に観察する。

 それほど長くない思考を経て、恭しく装身具を受け取った。


「良いでしょう。契約成立です。この装身具は金貨一枚として頂戴します」


「本当にっ!?」


「ええ、二言はありません。あなたの献身的な覚悟に感銘を受けました」


 貝の装身具に物理的な価値ない。

 しかし、それを遥かに上回る精神的な価値があった。


 少女にとっては唯一無二の宝物である。

 彼女はそれを差し出した。

 ある種の覚悟だ。

 己の身を削って強者に託したのである。


 世の中、都合よく力が覚醒する場面など存在しない。

 そういった際に無力な弱者が取れる選択は限られている。

 この状況で少女は最善に近い道を見つけたのだ。

 たとえ大切なお守りを失うことになっても、救いたい物を優先できる精神を持っていたのである。


 私はその場で跪くと、いつもの態度を改めて告げた。


「お嬢さん、あなたの心はとても美しい。私のような醜い大人になってはいけませんよ」


「でもおじさんは優しいよ?」


「おや、勘違いはいけませんね。私ほど冷酷無比な人間も珍しいです。善悪に囚われない主義ほど厄介なものはありませんから。きっと碌な末路を辿らないでしょう」


 自虐を込めて述べる。

 けれども信念を変えるつもりはない。


 すべては契約次第だった。

 私は力を持つ強者である。

 報酬を受けて刃を振るう武器だ。

 このような身にとって、少女の姿は眩しく映ってしまうのだ。


 私は優しくなどない。

 目的を持たない力は、行き場を求めて彷徨い歩く。

 その中で見い出した形式が契約なのだ。


「利己的な欲はいずれ身を滅ぼします。あなたが純真な心を忘れないように祈っていますよ」


 私はそのまま立ち去ろうとして途中で止まる。

 少女のそばに横たわる母親を一瞥した。


 命に関わるほどではないが怪我をしている。

 瓦礫の下敷きとなった際に傷を負ったのだろう。


 私は懐を漁って小瓶を取り出すと、中身を一口飲んだ。

 そして苦い顔をして首を振る。


「この回復薬は不味いですね。適当に捨てておいてください……誰かに飲ませても構いませんが、味の保証はしませんよ」


 ぼやきながら小瓶を投げる。

 上手く掴み取った少女は、涙を流しながら頭を下げた。


「あ、ありがとう、ございますっ!」


「いえいえ、お気になさらず」


 私は一礼してから立ち去る。


 契約相手の心身を気遣うのも仕事の内だ。

 これは善行ではない。

 ただの利己的かつ打算的な行動である。


 私は自分に言い聞かせながら歩く。

 契約は交わされた。

 ならばやることは決まっている。


 今宵、私に許されるのは一太刀のみ。

 これで街の魔族を殲滅しなければならない。

もし『面白かった』『続きが気になる』と思っていただけましたら、下記の評価ボタンを押して応援してもらえますと嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! ……ゴルゴとはまた違った信念で、 依頼を受けた剣聖。 痛快だ! [一言] >金貨一枚の価値 そもそも、その価値の決め方が多分に恣意的で、 多くの「主観的な…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ