第25話 無垢な信頼
頭上で爆発が起きて、崩れた屋根が落下してくる。
私は斬撃で防御した。
少女は気絶する母親を抱きしめながら小さく丸まった。
「きゃっ」
「このままだと街は崩壊しますね。騎士団が動いていますが、戦力差は絶望的です」
「そんな……」
少女の顔に絶望が差す。
無力な弱者が運命に抗うのは困難だ。
幼いながらもそれを理解している。
己にできることが何もないことを知っているのだろう。
少女は顔面蒼白で呟く。
「誰がこんなことをやっているの?」
「魔族です。勇者達を狙っているのだと思いますよ。我々はその巻き添えを受けているわけです。いやはや、迷惑ですねぇ」
私は剣を鞘に収めて笑う。
勇者パーティーは聖剣を入手した。
シアレスも相当な実力者だ。
街にそれなりの犠牲が出るだろうが、迎撃は可能なはずだろう。
だから別に慌てる事態ではないのだ。
目の前の少女と母親も、近くの建物に避難すれば命は助かるに違いない。
なるべく戦禍から離れるように動けば、その分だけ危険な目には遭いにくくなる。
魔族達も勇者パーティーに気を取られるため、住民を優先的に狙うような真似はしないと思われた。
そういったことを助言しようとするも、少女はじっと私のことを見上げてくる。
何かを決意した眼差しだった。
「どうかされましたか?」
「おじさん、強い?」
「そうですね。種族的な平均値は大きく超えていますよ」
「じゃあ魔族を倒して! この街を救ってほしいの!」
少女が真剣な顔で懇願する。
その言葉を聞いた瞬間、私はどうしようもない愉悦を覚えた。
ふつふつと湧き上がる衝動を理性の仮面で隠しつつ、呼吸を整えて屈む。
少女と目線を合わせてから告げた。
「――契約しましょう。一太刀につき金貨一枚です」
私が提案すると、少女は首を傾げた。
言葉の意味が上手く伝わらなかったらしい。
「けいやく?」
「はい。私が力を振るうための対価をください。最低金額が金貨一枚なのです」
「ごめんなさい……お金は持ってないの。うちは貧乏だから」
少女は悲しそうに言う。
それは分かっていた。
この親子の衣服はみすぼらしい。
街の貧民街に住む者だろう。
金貨一枚どころか、銀貨でさえ支払えないのは明白である。
だから私は優しく補足をする。
「金貨一枚に相当する物でも結構ですよ。もちろん高価値なほど攻撃回数が増えるのでありがたいですが」
「……ちょっと待って。何か探してみる」
少女は真剣な顔でポケットを漁る。
私の力で街を救えると本気で信じ込んでいる。
嘘の可能性を一切考えていない。
彼女から向けられる感情は、無垢な信頼だった。