第2話 新たな契約
勇者パーティーの追放から数十日が経過した。
私は手持ちの地図を参考に旅を続けている。
いくつかの街や村に立ち寄りながら移動してきた。
途中、勇者パーティーの噂を聞いた。
剣聖の脱退と、新たな仲間の募集が広まっているらしい。
賢明な判断である。
私のような守銭奴ではなく、もっと無難な人員を加えるべきだ。
出自を問わなければ、実力者は数多く存在する。
勇者パーティーに加入できるだけの者もきっと見つかるだろう。
私と契約して魔王討伐の一助とした国王などは、脱退の報に血の気が引いているかもしれない。
しかし独断とは言え、勇者パーティーが決めたことだ。
こちらが止める義理はない。
前金の分は剣も振ったので問題ないはずだった。
(鍛練の期間を考えると、勇者達が動き出すのはもっと後ですかね)
当分は魔族の領域に踏み込まず、装備と実力を上げていくことになる。
魔王軍からの刺客を退けながら戦う日々を送るのだろう。
一方で私は、瘴気で汚染された荒野の果てにいた。
空は雲に覆われており、たまに雨や雷や炎が降ってくる。
肌を刺す魔力の感じは人体にとって有害だ。
身体強化の魔術で保護していなければ、衰弱の一途を辿ることになる。
ここは魔王軍の支配地である。
道中で立ち塞がった魔族は例外なく殲滅し、最短距離でやってきた。
前方には魔族の統括する街がある。
そのさらに先にそびえ立つのが魔王城だ。
勇者パーティーの終着点であり、いつか未来で世界の行く末を決する場所だった。
そこに場違いな私が来てしまったというわけである。
魔族の街からは既にいくつもの軍隊が出動している。
少なく見積もっても二万は下るまい。
彼らは私を迎え撃つための備えを徹底していた。
大型魔術の詠唱が完了し、いつでも放てるように待機している。
私は腰に吊るした剣の柄を指で叩きながら笑う。
「これはまた豪華な出迎えですね。恐縮してしまいます」
魔王城の目前だけあって戦力の厚さは著しい。
人間の軍隊で突破する場合、この十倍の数は用意しなければ話にならないだろう。
それでも敗走する可能性は否めないほどだ。
とにかく世界でも類を見ないほどの大戦力である。
魔王軍の周到さに感心していると、中央にいた竜人が拡声魔術で話しかけてきた。
「剣聖リゼン! 驕り高ぶった哀れな人間が! 貴様は魔王軍によって包囲されている! 己の力を過信して乗り込んできたようだが、その判断を後悔するがいいッ!」
向こうは既に勝利を確信しているらしい。
大魔術の爆撃で叩き潰し、それで死ななければ白兵戦で仕留める算段なのだろう。
単純明快で無駄がない。
それ故に致命的な欠陥を抱えているが、彼らはまだ気付いていないらしい。
私は魔王軍に漂う油断を嗅ぎ取っていた。
(慢心している。この数なら私に敵うと思っているのか)
己の力を過信しているのはどちらだろう。
冷徹に敵戦力を観察する私は、剣の柄に触れながら釈明する。
「誤解しているようですが、私は戦うために現れたのではありません。交渉に来たのです」
「何を言っている!?」
「あなた達を支配する者――魔王に用があるのですよ」
私がそう答えた途端、魔族達の気配が変わった。
激しい怒りが混ざって魔力が数段ほど高まる。
何気ない発言が彼らの逆鱗に触れたらしい。
代表らしき竜人が、その激情を隠さずに怒鳴った。
「よくもまあ、そのような戯言を言えるものだ! 貴様はここで虫ケラのように死ぬ! 万が一にも魔王様に会わせるわけにはいかぬなァッ!」
「そうですか。では暴力で解決します」
私は上体を捻って剣を構える。
向こうの魔術師が動こうとしたがもう遅い。
魔力を込めた刃を引き抜きながら回転斬りを放つ。
極限まで延長された斬撃は、軌道上の万物を残らず切り裂いた。
射程を伸ばしすぎたせいで街にまで被害が及ぶ。
堅牢な外壁が上下で分断されて、さらにいくつかの建物が倒壊した。
当然、居並ぶ魔王軍は即死した。
最初から空にいた者や生命力の高い者はなんとか生き残っているが、追加で連続の回転斬りを浴びせれば沈黙する。
それだけで防衛に参加していた魔王軍は全滅した。
単純明快な作戦の欠点は、彼らが私より弱いということだった。
「この程度ですか。あっけないですね」
私は剣を鞘に戻そうとして、気付く。
城の方角から強大な気配が接近している。
魔族とは比較にならない反応だ。
存在感だけで災害を起こしかねないほどの覇気を有している。
私は無言でその方角を注視する。
屍の山と化した魔王軍を越えて現れたのは、漆黒の鱗を持つ竜――すなわち今代の魔王だった。