第16話 ハイエルフの契約
長老と交わした契約とは、魔王の討伐だった。
闇の秘宝を手に入れようとする私を止められないと分かり、開き直って利用することにしたのだろう。
実に素晴らしい判断である。
長老からは前金も十分に受け取っていた。
エルフ族の宝物らしく、正確な価値は分からないが、取り決めで金貨二百枚と仮定した。
つまり今の私の攻撃回数は二百回程度だ。
負けるはずがなかった。
「現在の雇用主はハイエルフです。あなたの死を望んでいるそうですよ」
「なぜだ! 汝は我に手を貸したッ! こうも簡単に寝返ることができるというのか!」
「認識が甘いですねぇ。私は初めから裏切ってなどいません。契約に従って動いているだけです。あなたとの関係も契約という繋がりがあったからですよ。そもそも私が勇者パーティーの一員だったことを忘れてませんか?」
「ぐっ、おのれェ……!」
魔王の怒りは頂点に達した。
瘴気が滲み出して大地を染め上げていく。
無力な者は、近付くだけで命を落としてしまうだろう。
それほどまでに邪悪な力を発散させている。
私を殺したくて仕方ないようだ。
しかしそのまま襲いかかってくるかと思いきや、魔王が動きを止めた。
彼は荒い呼吸のまま指摘する。
「汝は一つ判断を誤っている」
「ほう、何でしょう」
「我に秘宝を渡す前に攻撃を仕掛ければよかったのだ。そうすれば、ここで死ぬことにはならなかっただろう。己の力量を過信して魔王を甘く見たのが汝の――」
魔王が話す途中で剣を振り下ろした。
黒ずんだ大地を割りながら、斬撃が凄まじい勢いで突き進んでいく。
素早く反応した魔王は、多数の術で壁を作って防御した。
僅かに拮抗した隙に回避行動を取る。
上手く角度を調節して受け流したのだ。
魔術の壁を粉砕した斬撃は、遥か彼方まで飛んでいった末に爆発した。
私は無傷の魔王を一瞥する。
「長々とお喋りをしたいようですが、生憎と忙しい身なのですよ。それと先ほどの指摘ですが、秘宝を渡す前に攻撃するわけないじゃないですか。あなたとの契約が最優先だったのですから、そこを破って不意打ちするのは矜持に反します」
「そ、それほどまでに……契約が、大切なのか」
「もちろんですとも。だから今はあなたの抹殺が最優先です」
私は胸に手を当てて優雅に述べる。
魔王の殺気がまた一段と膨らんだようだが、こっちの知ったことではなかった。




