第118話 終戦
勇者は消滅していく魔神を見届ける。
そして足腰から脱力して崩れ落ちてしまった。
彼は気の抜けた顔で天井を見ながら呟く。
「やっと倒せた……」
張っていた緊張が解けたのだろう。
極限状態が続いていたのだ。
そうなってしまうのもよく分かる。
勇者が崩剣を手放して、聖剣だけを鞘に納めて抱いた。
彼の判断は正しい。
聖剣は持ち主の肉体強化と回復を促す。
双剣の負担を迅速に治すにはそれが一番だった。
私は勇者のもとに赴いて賛辞を送る。
「お疲れ様です。素晴らしい勇姿でしたよ。血統に恥じない活躍ぶりでした」
「あんたがいなけりゃ、絶対に勝てない戦いだった……俺はまだ未熟だ」
「それでも半人前は脱しました。誇っていいと思いますよ」
私は優しく語りかける。
勇者は照れ臭そうにそっぽを向いた。
しばらくして彼は、ぽつりと疑問を口にする。
「これで世界は平和になるのか?」
「さあ、どうでしょう。悪など腐るほど転がっていますからねぇ。魔神以外にもたくさんの怪物が息を潜めているでしょう」
「……くそ。休む暇はなさそうだな」
「悪党を倒すつもりですか」
「当然だろ。俺は勇者だ。自分の役割は分かっている。偶像として終わるつもりはねぇよ。人類に仇為す奴らは、まとめてぶっ潰してやる」
勇者は顔を明後日の方角に向けながら言う。
冗談めかした口調でも、理想に酔い痴れた口調でもない。
彼はただ覚悟と事実を述べていた。
「良い心掛けです。必要なら私も呼んでください。報酬次第で駆け付けますよ」
「助かる。その時は金貨五百枚でも千枚でも用意しておくさ」
「太っ腹ですねぇ。ではまたの共闘を楽しみにしています」
私は笑いながらその場を立ち去る。
地上への階段を上がろうとした時、後ろから勇者の声がかかった。
「おい、崩剣を忘れてるぞ」
「あなたに譲ります。切り札として使ってください。ナイアさんも構いませんね?」
『うむ……この勇者は頼りないからな。吾が鍛え上げてやるのじゃ』
『我も助力する。歴代勇者を超える力を身に付けてもらおう』
シアレスとナイアも未だ成長過程の勇者を気に入ったようだ。
当の勇者は少し恨めしそうに私を睨む。
「……あんたのせいで過労死しそうだ」
「いいじゃないですか。葬式には出席しますよ」
私はひらひらと手を振りながら階段を上がる。
勇者の笑みを見届けてその場を後にした。




