第114話 限界領域
私と勇者は魔神ウィスと近接戦闘を演じる。
たった一度の失敗が死に直結する極限状態の中、勝利を掴み取るために奮闘する。
眼前に瘴気の蔦が現れて、私達に絡み付こうとする。
私はいち早く察して切断した。
魔力を流して数千回分の斬撃を浴びせればこれくらいは可能だった。
勇者はもっと簡単だろう。
聖剣か崩剣のどちらかで切り裂くだけで済む。
跳ね上がる力に加えて、魔神から奪った瘴気が刃に浸透している。
それによって魔神の攻撃を相殺することができるのだ。
単純な破壊能力に関しては、私より現在の勇者が優れていた。
しかし、そう都合の良い力など存在しない。
急激な強化には代償がつきものである。
大きく踏み込もうとした勇者がよろめき、小さく吐血した。
「ぐくっ」
その隙にウィスが攻撃してくるも、私が受け流す。
勇者を引っ張りながら一時的に退避した。
膝をついた勇者は息を乱しながら震えている。
「大丈夫ですか」
「問題……ねぇよ。まだ、戦える」
勇者は掠れた声で返答する。
無理をしているのは明らかだった。
血統的に特殊な剣の使用に適している勇者だが、それでも肉体的な限界はある。
聖剣と崩剣による無茶な強化に加えて、魔神の瘴気も吸収しているのだ。
元から自殺行為に等しかったというのに、その範疇すらも逸脱している。
現在の勇者は想像を絶する苦痛を味わっているだろう。
彼の持つ剣も心配そうに発言する。
『リゼン、これ以上は無理じゃ……勇者が死んでしまう』
『継続戦闘は不可能と見るべきだろう。まず間違いなく自壊する』
どちらも正論だった。
しかし、勇者本人はまだ戦うつもりでいる。
なんとか立ち上がり、余裕を取り戻しつつあるウィスに立ち向かおうとしていた。
彼が駆け出す直前、私はその肩を掴んで引き止める。
「待ってください。私に考えがあります」
「なん、だ……?」
「勇者殿は待機してください。魔神の相手は私がしますから、とどめの一撃だけ頼みます」
私が提案すると、勇者は微かな驚きを示しながら唸る。
「たった、一撃だ、と……」
「軽視してはいけませんよ。一太刀がすべてを変えることだってあるのですから」
そう告げて私は歩み出す。
勇者はついてこない。
自分が足手まといになると理解したのだ。
魔神を死に至らしめる一撃のために待つことを決めたのである。
傍観していたウィスは嬉しそうに勇者を指差す。
「大丈夫なのかな。僕が何をせずとも死にそうだが」
「平気ですよ。あれでも勇者ですからね」
私は悠々と言いながらウィスへと近付いていく。
未だ高まり続ける戦闘本能のままに、瞬きもせずに瘴気の化身を凝視する。
「さあ、再開しましょうか」
呟いた私は高速で斬りかかった。
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