第11話 聖剣の化身
(高度な霊体……精霊の類ですかね)
私は靄の様子を観察する。
その佇まいからして意思があるのは明白だった。
さらにはこちらに対する害意を持っている。
私は戦闘が避けられないことを直感的に悟った。
一方、靄から荘厳な声音が辺りに響く。
『聖剣を狙う悪しき者よ。汝は禁忌に触れた』
「それは光栄ですね」
私が皮肉を飛ばすと、靄は僅かに頭を動かした。
表情がないので分かりづらいが、不快感を滲ませている。
こちらの言動に苛立っているようだ。
靄からは値踏みするような視線を感じる。
『……勇者の血統ではないな。汝は誰だ。何の目的で聖剣を欲する』
「私の目当ては聖剣ではなく、そこに封じられた闇の秘宝です。魔王がそれを必要としているのですよ」
朗らかに訂正すると、靄は吐き捨てるように言う。
『なるほど。汝は魔王の手先か』
「雇用契約は交わしていますが、対等な立場ですね。私の方が魔王より強いですし」
『つまり何者だ』
「ただの雇われの傭兵です。一時的に魔王陣営にいるだけですね」
私は気さくな調子でそう述べる。
その時、背後で長老が息を呑む気配がした。
靄から放射されるはち切れんばかりの殺気に慄いているらしい。
確かに彼は場違いだ。
案内は終わった以上、立ち去ってもらった方が好都合であった。
そんなことを考えつつ、私は気になっていたことを尋ねる。
「あなたは誰でしょう」
『聖剣シアレスに宿りし思念……その化身だ』
「ほうほう。つまりあなた自身が聖剣であると」
『その解釈で間違っていない』
靄――聖剣シアレスは淡々と答えた。
嘘を言っている様子はない。
向こうの主張は真実のようだった。
私が話しているのは聖剣そのものらしい。
(面白いですね。剣に人格が根付いているのですか)
そういった武具の存在は噂話として聞いたことがあるものの、実物を目にするのは初めてだった。
しかもそれが勇者の聖剣だとは。
興味本位ながら色々と訊いてみたくなってしまう。
私は振り返って長老に確認する。
「化身についてはご存知でした?」
「知らぬ……防衛魔術にこのような仕掛けはなかったはずじゃ」
「そうですか」
私は再びシアレスに向き直る。
なんとも愉快な状況である。
唯一残念なのは、肝心のシアレスが私を殺そうとしている点だろう。