第108話 剣聖の思惑
私とウィスは超高速の戦闘を展開する。
実際にはこちらの斬撃が一方的に彼を切り裂いていた。
それでもウィスの様子は変わらない。
絶えず再生しながら私を挑発を繰り返す。
「どうした。活路がなくて困っているのではないのかな」
魔神の瘴気で構成された身体はすぐさま回復する。
致命傷という概念が存在せず、いくらでも無制限に治ってしまう。
単純だが厄介な特性である。
加えて一つひとつの攻撃が悪辣だった。
掠めるだけで死にかねないため、私は常に完璧な回避と防御が求められている状態だった。
押し寄せる瘴気の波を打ち消しつつ、私はウィスの身体を観察する。
(再生速度が上がっていますね。まだ進化しているのですか)
魔神の身体と魂が高度に融合しつつあるのだろう。
より完全な形態に至ろうとしている。
このままではさらに対処困難なことになる。
シアレスが焦りを含んだ思念で訴えかけてくる。
『徐々に追い込まれているぞ。さすがの汝でも無尽蔵の力を持つ魔神が相手では分が悪い』
「そうですかね。私はまだまだやれますよ」
『強がるな。今の汝の状態は細かい部分まで把握できている。まだ余力はあるようだが、いずれ力尽きてしまうだろう。今のうちに仕掛けるべきだ』
シアレスが厳しい口調で反論する。
その間もウィスは攻撃は遠慮なく続いていた。
地下空間が余波で崩壊しそうだ。
どこもかしこも亀裂だらけで崩落した箇所もある。
破壊の化身となったウィスは晴れやかな気分で語る。
「僕はこんな人間に何百回も負けていたのか。いやはや、恥ずべきことだね。振り返るだけでも赤面しそうだ」
「今の身体で赤面は難しそうですけどね」
「やれやれ、軽口で反撃したつもりになっているのかな。世界最強の剣聖もすっかり矮小になってしまった」
そう嘆いたウィスは周囲の瘴気を圧縮させる。
小さな球体状に仕立てると、それを手のひらの上に載せた。
彼は冷めた口調で私に告げる。
「もう君と戦う価値もない。潔く死んでくれ」
「お断りします」
私は即座に返答すると、周囲の広い範囲を感知した。
そして、望みの状況が近付いていることを確信する。
微笑んだ私は聖剣を構え直す。
(そろそろですかね)
何も無策で戦っていたわけではない。
これでも色々と考えているのだ。
私だって力押しでやらない時だってある。
ウィスはきっと気付いていないだろう。
強大すぎる力を持つと視野が狭まり、周囲の警戒が疎かになりがちだ。
彼にはその失敗を痛感してもらおうと思う。
「――剣聖の神髄をお見せしましょう」
私は堂々と宣言しながら剣を振り上げた。




