第107話 剣聖と魔神
静寂が訪れた。
歪んだ空間が陽炎のように狂っていく。
瘴気の影響が超常的な領域に達したらしい。
お互いの一挙一動に注目する私達は出方を窺っている。
その均衡を破ったのは"不明忌憚"であり"魔神"の術師ウィスだ。
彼は漆黒の身体から無数の針を投射する。
込められた魔力量からして、一本でも命中すると不味い。
人間などあっけなく木端微塵になるだろう。
大規模魔術を針の大きさにまで圧縮し、それを豪雨のような密度で発射しているのだ。
完全体となって高慢なウィスだが、言動とは裏腹に微塵も油断していなかった。
(過去の敗北が尾を引いているようですね)
私は聖剣に魔力を充填し、引き抜くと同時に針を斬り飛ばしていく。
聖なる魔力が波及して針の浄化を促す。
それによって生じた猶予を利用して残らず叩き落とすことに成功した。
私が無傷なのを見てウィスは驚愕する。
「なっ……」
「これが聖剣と剣聖の併せ技です。次はその身に受けていただきましょう」
私は大地を蹴って前進し、一瞬で間合いを詰めて斬りかかる。
反応できなかったウィスが頭頂部から股間まで真っ二つになった。
しかしその体勢から瘴気を放出してくる。
私は聖剣を回転させて防ぎながら後退した。
そこから斬撃を連続で飛ばす。
両断されたウィスはさらに細かく切り刻まれる。
ところが漆黒の身体は変幻自在に伸びて接合してあっという間に修復する。
ウィスは余裕綽々に立ちながら首を動かしてみせた。
「今、何かしたかな?」
「一生懸命に攻撃していましたよ。鈍感すぎて気付きませんでしたかね」
私はいつもの口調で返しながら斬撃を飛ばし続ける。
そのたびにウィスの身体は切り離されて、すぐさま再生した。
魔神を取り込んだ影響で不死性を獲得したのだろう。
聖剣の力を以てしても、通常攻撃では致命傷にならないようだ。
(身体能力に劇的な変化が見られないのが救いですね)
私は駆け回りながら斬撃を打ち込む一方、ウィスの反応を観察する。
彼はまだ全力ではない。
かと言って、こちらの攻撃をわざと受けている感じでもなかった。
反応速度は人間時と同等なのだろう。
高い不死性があるため、その方面の機能が発達していない。
今のところは欠点とも言えないような特徴だが、私からすれば重要な要素である。
付け入る隙がある以上、殺せないはずがないのだ。
上手く立ち回って勝利への道を見い出していこうと思う。




