第104話 聖剣の呼び声
私は魔法陣の中心部に向かって手を振る。
「おや、シアレスさん。無事だったのですね」
『ずっと意識を失っていたがな。たった今、汝の声が聞こえて目覚めることができた』
シアレスは苦しげに述べる。
消耗という概念があるのか不明だが、声音から疲弊しているように感じられた。
魔法陣の干渉を受けて何らかの影響を感じているのだろう。
シアレスは緊張した様子で私に警告する。
『その術者は異質だ。迂闊に攻撃を仕掛けるべきではない』
「心配しなくても大丈夫です。どうやら私は三百回以上は勝利したそうなので」
「わざわざ数字と言わなくでもいいだろう。これでも気にしているのだよ。あまり吹聴しないでほしいな」
ウィスの肌が再び脈動した。
腕が巨人にも比肩する大きさになった後、破裂して元の形に萎む。
先ほどから症状が悪化しているように見える。
積み重なる怒りが肉体に変動を起こしているのだろう。
彼はそれを抑え切れていない。
深呼吸をしたウィスは魔法陣の方向を見た。
片手を振った彼は冷淡に述べる。
「聖剣シアレス。君はもう不要だ。魔王の残滓は抜き取らせてもらった。口うるさい武器は鉄屑にしてしまおう」
『やれるものならやってみよ。汝の前に立つのは世界最強の剣聖だ。個人が敵う存在ではない』
シアレスが勇ましく応じるも、肝心の内容は私頼りのようだった。
まあ、今回は仕方ない。
相手は魔神の転生体である。
内包する力は甚大だ。
いくら聖剣の化身でも、能力の格で負けかねないほどだった。
それほどまでにウィスは凄まじい存在なのだ。
シアレスは焦りを隠さず私に呼びかける。
『リゼン、我が名を呼べ。それだけで汝の手元に引き寄せられる。我々の力を合わせようではないか』
「それは難しい提案ですね。強い武器に頼るのは主義に反するものでして」
『知っているぞ。汝は崩剣ナイアを使っただろう。不公平とは思わないのか。ここで聖剣を使わねば筋が通らないはずだ』
シアレスが非難めいた口調で反論する。
砂漠の大陸にて、私がナイアを使ったことを感知していたらしい。
拉致されていた途中のはずなのに、よくも気付いたものだ。
よほど普段から気にしているのだろう。
(まったく、断れる雰囲気ではありませんね)
私は嘆息する。
別に自前の剣でもやれるが、これだけの懇願を無碍にするのも違う。
ちょうど聖剣を使うに足る相手がいるのだ。
たまには贅沢をしてみるのも悪くないだろう。




