第103話 魔神の軌跡
正体を明かして満足そうなウィスに対し、私は冷静に問いかける。
「あなたが魔神なのですか」
「より正確に言うなら、魔神の魂が人間に憑いて変質した存在だ。魂は器の影響を受ける。素の状態では理性と知性が欠けている。まるで獣なのだよ」
ウィスは自虐的に述べる。
察するに、かつての魔神をよく思っていないようだ。
転生を経験したことで、厳密には同一人物ではないのだろう。
彼は魔法陣の前をうろつきながら語る。
「僕は再び神界に降臨したい。そのためには転生を重ねて進化せねばならなかった。足りない知識や力を寄り集めて、最盛期を超える魔神になる必要がある」
「ふむ、それだと人間に転生するのは遠回りでは。むしろ退化している気がしますが」
「これも必須の過程だ。素の魔神は暴力しか知らない。人間の醜悪な本性……溢れんばかりの悪意を加えることで完成する」
ウィスは余裕綽々に言い切ってみせる。
少なくとも、人間から得たであろう怒りの感情は不要だと思うが。
胸中の指摘を呑んで、私は端的に質問を続ける。
「魔神を蘇らせる術とは、すなわちあなたの完全復活を指すのですか」
「その通り。数万年の月日で培った人格を魔神に移す。魔導国はそのために利用させてもらった。実は数百年も前から関与していたのさ。壮大な計画だと思わないかい?」
「ええ、確かに壮大ですね。直前で頓挫するのが残念で堪りません」
私は微笑と共に述べる。
刹那、ウィスが硬直した。
やがて彼は、波打つ肌を押さえようとともせずに笑顔を作った。
「………………あー、うんうん。まだ、大丈夫だ。その、君は、何だ。今、何と言ったのかな?」
「あなたの計画は頓挫すると言ったのですよ。私が止めますからね。こちらも仕事なのです」
私は毅然とした態度で言い放つ。
次の瞬間、ウィスの体積が五倍ほどに膨れ上がった。
爆発するのかと思いきや、張り裂ける寸前で留まってみせる。
その状態で肌が不規則に収縮を繰り返していた。
「おごぇ、っ……うぽぁ、うぃい、ぬ、うくっ……」
苦しそうな声を発するウィスは、ほどなくして元の大きさに戻る。
まだ形がおかしい時があるが、落ち着いてきたようだ。
口から黒い液体を垂れ流している。
「大丈夫ですか。体調が優れないようですが」
「いや、大丈夫だとも僕は大丈夫だ本当に。まったく全然問題ない気にしないでくれ平気なんだ。これこれこれは、一時的な乱れであって、決して不調な、不調な体調不良ではないのでね」
その時、魔法陣の中心から声がした。
見れば聖剣が神々しい光を放っている。
『剣聖リゼン! 我を手に取れ! 今こそ災厄の神を共に倒すのだッ!』
呼びかけてくるのは聖剣シアレスだった。




