第101話 不明忌憚
私は前方に立つウィスを観察する。
胸中では意外な展開に驚きを感じていた。
(まさか魔王軍が絡んでいたとは……負の遺産は根深いですね)
不明忌憚とは、誰も正体を知らない魔術師だ。
いつの間にか魔王軍の四天王に就いており、その存在が歴史上で確認されたのは千年以上も前である。
ただの人間でないのは間違いない。
本人の主張を信じるのなら、その辺りは自在に変えられるらしい。
彼は能力も何もかもが謎な人物である。
この世界において、不明忌憚ほど不吉な術者も珍しい。
ウィスは血に染まった手をローブで拭いながら質問を投げてくる。
「剣聖リゼン。君とは何度か戦ったことがある。憶えているかい?」
「ええ、他者に憑依したあなたと対決しましたね。おそらく二度か三度でしょうか」
「君が気付いていない分を含めて三百八十七戦だ。もちろん僕の全敗だが」
それは意外だった。
思ったよりも多い。
ウィスは執念深い性格のようだ。
よほど私のことが気になるらしい。
「僕は何万年と生きているが、ここまで負けたことがない。神だって殺したことがある。正直、驚いているよ。まさか何の能力も持たない人間に勝てないなんてね」
「これでも努力はしていますから。我ながら凡庸なので、剣術しか取り柄がないのですよ」
「その剣術が異質なのだよ。物理法則を破っていることを理解しているかな」
突然、ウィスが漆黒の球を投射した。
私は剣で真っ二つにして回避する。
割れた漆黒の球は、背後で壁にぶつかってその部分を消し飛ばした。
「万物を消滅させる暗黒物質をなぜ斬れる? 魔力に刃を流したくらいでは意味がない。君は絶対的な死を無視している」
「そう言われても困りますねぇ。私はただ斬れると確信しているだけです」
「意志力で存在の上限を超越しないでくれ。ほとほと呆れてしまうよ。怒りも湧いてこない」
嘆息したウィスが私を指差した。
彼は穏やかな笑みを湛えて述べる。
「剣聖リゼン、君は不条理そのものだ。だからこそ素晴らしい。究極の真理を求める僕にとって、君はまさに目標であり、越えねばならない壁なのだ」
「過剰評価ですよ。ただの守銭奴に幻想を見すぎでは?」
「そんなことはない。この世界の誰よりも公正に把握しているつもりだとも」
ウィスは背筋を伸ばして主張する。
彼の双眸には、理性と狂気の混ざり合った何かが沈殿していた。