第1話 究極の剣聖リゼン
「剣聖リゼン。役立たずのあんたはパーティーにいらない。今すぐ出ていけ」
街中で勇者からの言葉を受けた私は、呆れに近い感情を覚えていた。
小さく嘆息しつつ、この場に集うパーティーの面々を見やる。
勇者の他にも三人の仲間がいたが、いずれの顔も私に対する嫌悪感を露わにしていた。
敵視されているのは言うまでもない。
(またこれか)
私は侮蔑の情を涼しい顔で隠して話を続ける。
「突然の勧告ですね。以前から話し合っていたのですか」
「そうだよ。仲間達とも意見は一致している。これ以上、あんたと旅なんてできない。魔王討伐の邪魔になる」
勇者はうんざりとした様子で答えた。
彼はまだ若い。
聖なる力に目覚めたのは紛れもなく才能だが、戦士としての尺度では未熟の一言に尽きる。
それでいて傲慢であった。
己の能力に驕っている節があり、怒りより憐みが先に来る。
こちらにどう思われているかも知らず、勇者は指を突き付けてくる。
「一太刀につき金貨一枚。王国とあんたが交わした契約だ。究極の剣聖リゼンが掲げる文言として有名だよな。何かの例えかと思ってたが、まさかそのままの意味だったなんて」
さも失望したと言わんばかりの調子である。
事前説明は欠かしておらず、それを受諾したのは他でもない勇者自身だ。
一太刀につき金貨一枚。
私が剣を振るたびに金貨一枚が支払われる契約体制を指す。
原則的に前払いで、対価である金貨一枚はそれに相当する物品等でもいい。
私は剣聖と呼ばれているが、その実態は特殊契約を結ぶ傭兵だ。
無駄だと知りながらも、私は形ばかりの弁明と反論を述べる。
「契約時、国王より支払われた前金の分の働きは行いました。以降は勇者殿から支払っていただく契約なのですが、それを放棄するということですね」
「そうだよ。あんたはまともに戦おうとしない。金ばかり請求して敵を見逃しやがる」
「あなたの金払いが悪いからですよ。事前に相応の支払いがあれば、対価に見合った結果を出しますので」
三日前、前金分の戦いをこなした。
以来、勇者からの支払いはない。
滞納は許さないため、私は剣を振るわない状態が続いていた。
それが不満だったらしく、パーティーから追い出すことに決めたようだ。
ちなみに支払いさえあれば、最終目的である魔王討伐まで従うつもりだった。
私の力量を存分に発揮して戦いに貢献してみせただろう。
しかし、こればかりは仕方ない。
善意で力添えするほど私もお人好しではなかった。
追及の視線を受け流した私は、踵を返して歩き出す。
「別に構いませんよ。こういった契約破棄は日常茶飯事です。では、皆様のご武運を祈っています」
「……金の亡者め。あんたに剣聖の名は似合わねぇよ」
「ははは、それは否めませんね。自分でも不釣り合いだと思いますから」
私は自虐混じりに笑って勇者パーティーと離別する。
そうして、当てもなく街の雑踏へと消えるのであった。
◆
街を出た私は草原を歩く。
気分は特に悪くない。
こういった仕打ちを受けることには慣れ切っていた。
(さて、どうしようか)
新たな雇用主を探さねばならないが、これがなかなか難しい。
私を重宝する者は少ないのだ。
通常、傭兵契約とは期間や内容に合わせて報酬が決まる。
私の場合、剣を振るうたびに料金が発生する。
なるべく無駄な攻撃はしないように心がけているが、それでも一般的な傭兵より遥かに金がかかるだろう。
過去にも様々な国の王や富豪に雇われてきた。
今回のような結果は珍しくない。
金貨一枚は身分の高い者からすれば大した額ではないが、積み重なると無視できなくなる。
私に剣を振るわせるくらいなら、定額で雇える傭兵を取ってしまうのだ。
(剣聖の名で儲けられると思ったのだがな……)
だから意味のない名誉的な二つ名を受け取った。
その結果、勇者パーティーを追放された経歴が増えて、傭兵としての信用に泥を塗った。
契約を結ぼうとする者はさらに減るに違いない。
今後について考えを巡らせていると、彼方から不審な魔力反応が生じた。
「ん?」
青空に大量の黒い影が浮かぶ。
翼を上下させて近付いてくるのは、数十体の魔族だった。
鳥や竜系統が多く、ワイバーンも使役している。
何重にも防御魔術を張っていることから、魔術師も同行しているようだ。
それなりの戦力である。
中位魔族の部隊といったところか。
街一つなら容易に陥落させられる程度の規模だった。
禍々しい魔力を漂わせながら、彼らは私のいる地点へと接近する。
(魔王軍か)
どうやら居場所を捕捉されていたらしい。
単独で動く私に狙いを定めたようだ。
魔王軍にとって、聖なる力を持つ勇者率いる一味は脅威である。
人類を闇に沈めるためには、避けては通れない関門だ。
故にパーティーの暗殺を常に講じている。
彼らは戦力を削ぐ好機を逃さない。
ただ、私は既に勇者パーティーから追放された身だ。
もはや彼らが魔王討伐を為すかどうかも興味がないのだが、そういったことを説明しても無意味だろう。
迫る魔族達は私の頭上で滞空すると、高みから見下ろす形で勝ち誇る。
「キェヒヒヒヒヒッ! 油断したなぁ、剣聖リゼン! 愚かな貴様の命は我々が――」
「一太刀につき金貨一枚です」
私は遮るように言った。
こちらの爽やかな笑顔に対し、魔族は鼻を鳴らして嘲ってみせる。
「何だ。この戦力差を見てイカれちまったか?」
「いいえ、ただの常套句です」
私は自然な動作で剣を抜くと、それを掲げて構えを取った。
刃に己の魔力を流しながら魔族達に宣言する。
「金貨一枚の価値をお見せしましょう」
そして剣を振り下ろす。
刃から放たれた斬撃は、間合いの外にいた魔族達まで到達した。
余裕をかましていた彼らを容赦なく両断し、炸裂に伴う余波で連鎖的に蹂躪していく。
斬撃は扇状の爆発と化して、彼らを瞬時に殲滅した。
青空に魔族達の痕跡はない。
今の一太刀で残らず死んだのだ。
私は剣を鞘に戻すと、歩き出しながらぼやく。
「……金貨一枚なら安いと思いますがね」
その言葉は、誰に聞かれることもなく消えるのだった。