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現と夢

作者: モノレック

 私は走る。どこまでも続く石橋の上をひたすら走る。それがどこに続いているかはわからない。橋の先は真っ暗な闇の中に吸い込まれている。それでも私はひたすら走り続ける。

 走りながらときどき後ろを振り返る。背後で橋が音を立てて崩れていく。その崩落は少しずつ私の足元に近づき私を谷底に飲み込もうとする。なんとか逃げようと必死に足を動かすが倒壊は足元にまで迫っている。とにかく走り続けるしかない。走って、走って、走って…


 そこで私は目が覚める。

 気だるい体を動かし寝返りを打つ。たったそれだけの行為で頭が痛くなる。脳みそがミキサーでかき混ぜられているみたいだ。布団の中で頭痛が収まるのをじっと待つ。

 風邪をひくとたまに同じ夢を見る。崩れる橋の上を走っていく夢だ。それを見る時もあれば見ない時もある。なぜそんな夢を見るのかはわからない。ただ確かなことは、夢の中の私は橋を渡りきることもなく、谷底に落ちることもなく、ただひたすら一人で走り続けるということだけ。

 私は手を伸ばしスマホを手に取る。黒猫が壁紙となっているスマホの時計を見る。そろそろ起きて朝食を食べないと大学の講義に間に合わない。私は何とか身体を起こし、キッチンに向かう。

 朝ご飯を食べ、大学に行く。講義室に入ると信司さんと目が合う。亜希ちゃんと真理ちゃんが手を振っている。私は皆のそばに駆け寄ろうとするが、そこで何かに躓き転んでしまう。なんとか起き上がろうと手をつくが、床は底なし沼のように柔らかく、私の手はその中に沈み込んでいく。手を引き抜くこともできず、全身がそのまま沈んでいく。なんとか抜け出そうともがく。もがいて、もがいて、もがいて…


 そこで私は目が覚める。

 私はまだ布団の中にいる。頭はまだ痛い。少し吐き気もする。

 私は手を伸ばしスマホの時計を見る。お昼まで寝てしまったみたいだ。携帯には何人かからメッセージが届いている。私が大学に来ないことに心配してくれているのだ。その事実にすごくほっとする。私は皆へのメッセージを書く。風邪をひいてしまったこと、今日は講義を休むこと、心配してくれて嬉しく思っていること。それらを一人一人に感謝の気持ちを込めて送っていく。

 信司さんからすぐに返信が送られてくる。心配だから見舞いに行ってもいいかと書かれている。

 私は少し考える。信司さんは一度言い出したらなかなか自分の意見を変えない。それは一年ほど付き合ってきたからわかっている。私の部屋に来るのもこれが初めてではない。ただ、来るときはいつも前もって部屋を片付けていた。私は自分の部屋を見渡す。周りには服や買い物袋、亜紀ちゃんからもらったマトリョーシカや狸の人形などが散らばっている。私は信司さんにOKの返事を出す。一度、お手洗いを済ませてから部屋の片づけを始める。

 服を畳み、クローゼットにしまう。ビニール袋を折り畳み一つにまとめる。部屋の隅から掃除機をかけていく。掃除機が次から次へとごみを吸っていく。あまりにも勢いよく吸っていくので次第に掃除機が重くなってくる。ついには引っ張ても動かないくらい重くなった。体重をかけて引っ張るのだがびくともしない。それでも私は必死に引っ張る。引っ張って、引っ張って、引っ張って…


 そこで私は目が覚める。

 玄関のチャイムが鳴る。遠慮がちに一回だけ。私は布団から出て立ち上がる。頭が痛いけど我慢できないほどじゃない。部屋のモニターで外の様子を確認してから玄関に向かう。ロックを外し扉を開け、信司さんを中に入れる。大学にいつも持ってきている紺のカバンとコンビニのビニール袋を持っている。

「由香ちゃん、もう気分は大丈夫なのか」

「まだ、少し頭が痛いの」

「そうか、辛そうだな。もう少し休んどけ」

 そう言うと信司さんは私を布団に寝かせてくれる。

「もしかして、俺が来ない方が良かったか?」

 心配そうにそう尋ねる彼に私は首を横に振って答える。

「一人だと寂しかったら、来てくれて嬉しい」

 信司さんはほっとしたような顔をする。

「ご飯は食べているか」

 私がまた首を横に振ると、彼は持っていたビニール袋からお粥のパックを取り出す。

「お粥、食べるか」

 私が頷くと彼は立ち上がる。ふと思い出したようにビニール袋の中を探り、ミネラルウォーターを一本取り出しり枕元に置く。

「喉乾いたらこれを飲んでいいからな」

 彼はそう言って台所に向かう。私はペットボトルの白いふたを開け水を飲む。乾いた喉に潤いが供給される。冷たい水が熱くなった身体を冷やしていく。あっという間に半分近く飲んでしまった。自分の喉がこれだけ乾いていたのかと驚くほどだ。台所から音が聞こえる。鍋に水を入れる音、鍋をコンロに置く音、コンロの火を付ける音。私はその音を聞きながら目を閉じる。


 そこで私は目が覚める。

 もう一度夢を見ようと目を閉じるが、なかなか寝付けない。頭痛は微かにする程度にまで収まり、吐き気はもうない。ただ、気分は憂鬱だ。私は布団の中で寝返りを打つ。頭の上に載せてあるタオルがずり落ちた。とっさにつかんだタオルはひんやりとして気持ちいい。

「目が覚めたか?」

 目を開けると隣に信司さんが座っていた。

「夢じゃなかったんだ」

「ん?何だって?」

「何でもない」

 信司さんはそれ以上深く追及せずに、台所からお粥を持ってくる。

「食べられるか」

 頷き起き上がった私の口元に、スプーンでお粥を運んでくれる。白いお粥を一口ずつ食べていく。それはあったかくて柔らかくて梅干しの味がするおいしいお粥だった。

 お粥を食べきると私はまた横になる。もう起きても大丈夫だと思うのだが、信司さんが許してくれない。そのまま布団に入るが寝付けず、彼ととりとめのない話をする。その中で夢の話になる。

「今日は変な夢ばっか見たの」

「ああ、体調悪いと意味不明な夢見るよな」

 そう言って信司さんは明るく笑う。

「俺も風邪ひくと決まって落ちる夢を見るんだ」

「落ちる夢?」

「ああ、ひたすら山の合間を落ちる夢でさ。スカイダイビングをしてるみたいでさ、ある意味飛んでんのかも…」

 私は信司さんの言葉を聞きながら目を瞑った。


 私は立ち止まる。私の背後で橋が音を立てて崩れていく。私は横を見る。信司さんが横に立ち笑いかけてくれる。崩落は私の足元にまで来た。私は信司さんの手を握り谷底に飛び込む。二人で手足を広げ、風を受けとにかく落ちていく。それがどこに続いているかは見えない。谷の底は真っ白な光の中に吸い込まれている。その光を目指して私たちは落ちて、飛んで、落ちて…

風邪をひくと変な夢を見るよねという思いと、ダメな時ってとことんダメだよねっていう思いを込めて描いた短編です

少しだけでも共感してくれる方がいらっしゃれば幸いです

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公とこの男の人の恋人っぽい距離感。疲れた時に同じ夢を見る傾向が二人ともにある辺りも。 [気になる点] 人物の固有名出てくるのに、その人物の容貌が書かれていない。 [一言] ローファンタ…
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