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第2章 探索 1

「ユードは? お手洗い……とか?」


 ソファには、ナチグロ=ロビンが丸くなっていた。七都が出かける前と全く同じ場所だ。

 ナチグロ=ロビンはわずかに顔を上げ、薄く目を開いた。それからまた元通り閉じてしまう。まるで七都の帰宅を確認し、それで満足したかのようだった。


「侍従長、ユードは?」


 七都が声をかけるとナチグロ=ロビンは再び目を開けたが、ちらっと七都を見上げただけだった。


「その猫、名前が『侍従長』というのですか?」


 見張り人の青年が真面目な顔をして訊ねる。


「いえ。本名はロビーディアン何とかかんとか。簡単にロビンって呼んでます。こちらでの名前はナチグロです。向こうの世界では、私の侍従長なんですよ」


 ナチグロ=ロビンが、<いい加減名前覚えろよ>と言いたげに、七都をじろっと見た。


「侍従長ですか。でもその猫、グリアモスですよね。我々にとっては要注意動物ですよ」


 ナチグロ=ロビンは、今度は見張り人の青年をじろっと睨んだ。金色の目がきらりと光る。


「あなた方のブラックリストにでも入ってます? でも、彼は、私にとっては頼もしい侍従長です。グリアモスでも動物でもなくてね。ユード、どこに行ったんだろ。そういえば、お母さんもいない。どこに行っ……」


「え? お母上?」


 七都は、思わず呟きを中断して口を押さえる。

 ストーフィのことを『お母さん』などと呼んだら、「このロボット猫は『お母さん』という名前なのですか」と、また真面目に彼に質問されそうだ。

 正直に説明も出来ないし、誤魔化すのも面倒くさい。


「あ、いえ。義理の母がちょっと家出してしまいまして……」


 七都は『お母さん』という言葉を義理の母、つまり果林さんのことにしてしまおうとして、咄嗟に口に出した。もちろん果林さんを『お母さん』と呼んだことはないわけだが。


「家出!?」


 見張り人の青年が目を見開く。


 しまった。こちらの世界の普通の社会人にとっては、たぶんそっちのほうが重要案件だ。

 完全に言い訳の選択を間違ってしまった。

 

「だ、だいじょうぶです。父もそんなに心配してないみたいだし。すぐ帰って来ると思います。一応わたし、ご飯を食べたら探しに行くつもりなんです」


 七都は笑顔を作って取り繕い、ユードを探すことに専念する。

 空腹で足元がふらついたが、もうすぐたっぷり食べられる。その安心感で力を振り絞れる。

 もう少しの我慢だ。


 洗面所、トイレ、風呂場。父と果林さんの寝室。

 二階の客間や自分の部屋も見たが、ユードはどこにもいなかった。

 父の書斎になっているロフトにも上がったが、やはり姿はない。

 母が中に入ったストーフィもだ。

 二人とも消えている。

 

「もしかして、お母さん、彼を連れて帰ってくれたのかな。あんなに嫌がってたのに。だったらいいんだけど。ナチグロ、喋れないからな、午前三時になるまでは」


 ロフトの階段を降りかけた七都はぴたりと止まり、再び階段を上がった。


「そうだ、喋れないなら、喋らせればいいんだよね」


 七都は父の書斎に戻り、机の上にあった平たい機械を両手で抱えた。

 それから、また階段を降りる。


「やはり、いないのですか?」


 見張り人の青年が、緊張した面持ちで訊ねた。


「みたいです。ちょっと聞いてみますね」


 七都は、父の書斎から持ってきた機械をリビングのローテーブルの上にドンと置いた。

 父が使っているノートパソコンだ。

 これを使えば、ナチグロ=ロビンと話が出来るはず。

 彼がパソコンを使えることは、向こうの世界での雑談の中で聞いていた。


 ナチグロ=ロビンはびくっとして、頭をもたげる。金色の目が訝しげにノートパソコンを見下ろした。

 七都は電源を入れ、真っ白い文書ソフトの画面をナチグロ=ロビンに向ける。


「さ、答えてもらいましょうか、侍従長。ちょっとその猫手じゃ、不自由かもしれないけど」


 ナチグロ=ロビンの両耳が横に寝て、イカの形になる。


「無理ですよ、七都さま。その猫にキーボードを叩かせるおつもりですか?」


 見張り人が真顔で言う。


「やっぱり、無理?」


「猫ですからね。こちらのほうがいいでしょう」


 見張り人はマウスをイカ耳になっているナチグロ=ロビンの前に置いた。


 <それ、冗談ですか? 猫にマウスって……>と言おうとして、七都は言葉を飲み込む。

 彼の顔には、そういうもののカケラさえない。


(真面目にやってるんだ……)


 見張り人の青年は慣れた手つきで、パソコンの画面に大きなキーボードの画像を出現させた。


「さ、侍従長殿。魔神狩人はどこに行ったのですか? お答えくださいますか?」


 ナチグロ=ロビンは、不満げに見張り人を一瞥した後、前足を伸ばして、マウスをパシンとはたき落とした。

 マウスは乾いた音をたてて、床に転がり落ちる。


「うわ、何てことを」


「まあ、猫ですから」


 見張り人は気を悪くした様子もなく、マウスを拾い上げたが、ナチグロ=ロビンは再びそれをはたき落とした。


「つまり、これは必要ないということですね。失礼をいたしました」


 ナチグロ=ロビンがパソコンをじっと見つめると、キーボードが一瞬で消え、白い文書ソフトの画面だけになる。

 やがて、その画面に文字が打ち込まれ始めた。

 Dが沢山並んだかと思うと、たちまち消え、今度はRが並んで、すぐ消える。

 

「すごい。そんな芸当が出来るんだ」


「彼らは、総じて器用ですからね」


「そうなんだ。ところで、侍従長。遊んでないで、ちゃんと文章にして、質問に答えてくれる?」


 ナチグロ=ロビンは、面倒くさそうにうなずいた……ように見えた。


 七都と見張り人の青年はパソコンを覗き込み、ナチグロ=ロビンが入力していく文字を見守った。



<ぼくはしらないよ>


 真っ白い画面に黒い文字が次々と並ぶ。

 ほう、と見張り人が感心したように声を上げた。


「素晴らしい速さですね」


「でも……全部ひらがなだ。読みにくいな。漢字に変換は出来ないの?」


 ナチグロ=ロビンは、ぎろっと七都を睨んだ。


「わかった、ごめん。気にしないで。えーと、お母……ストーフィは? 彼と一緒?」


 七都が訊ねると、画面に答えが出現した。


<つれてった>


「どっちがどっちを? ストーフィがユードを連れ出したってこと?」


<はんたい>


「ユードがストーフィを連れ出したの?」


<そう>


「って、それ、誘拐じゃないの!? ユードに誘拐されて、ストーフィが連れて行かれたってこと!?」


<ゆーど かんこう>


「え? 観光!?」


「ストーフィって誰ですか?」


 見張り人が訊ねた。


「ロボットです。猫型の。向うの世界でのもらい物です」


 七都は、光の魔王ジエルフォートが作って、地の魔王エルフルドがくれたとものだということは、黙っておくことにした。

 言うと、何かとややこしくなるかもしれない。しかも、中身は母なのだ。


「つまり、魔神狩人は、その猫型ロボットを持って外に出たということですね? 理由は観光……ですか。異世界に来たのだから、あちこち見て回ろうという魂胆ですかね。大胆というか、物怖じしないというか……」


「確かに、そういうふてぶてしいところのある人ですね」


 七都は、溜め息をつく。


 まさか彼が出ていくとは。

 予想外だった。けれども、考えておくべきことだったのかもしれない。

 そういえば自分も、向こうの世界に初めて行ったとき、ナイジェルに止められたのに遺跡の地下から外へ出てしまったのだ。もちろん理由は全然違うのだが。

 

「でも、ご安心を。我々が彼を捜します。観光なんて、とんでもない。なに、すぐに見つかると思います」


 見張り人が言った。


「お願いします。でも、向こうの世界の格好をして街を歩いてたら目立ちますよね。不審に思われて、もしかしたら警察に引っ張って行かれたりして……」


「まあ、コスプレで通ると思いますよ。外人さんがコスプレしてる、くらいで終わるでしょう。ご心配には及びません」


「コスプレ……ですか」


 もちろんユードが外を歩いていれば、みんな振り返るだろう。

 背も高いし、何しろ渋めの美青年なのだ。人目を引かないわけがない。

 とはいえロボット連れの魔神狩人の恰好は、『何かのゲームキャラクターの格好をしている、残念なイケメン外国人』ということになる可能性が高い。

 いや、そうであってほしい。そのほうが無難だ。 


「では、私は仲間にも知らせて、その魔神狩人を捜しますね。七都さまは、ごゆっくりとお食事を。そして、義理の母上を捜さねばならないのでしょう? 魔神狩人のことは我々に任せて、ご自分の用事を済ませられますように。義理の母上が早く見つかるといいですね」


 見張り人の青年が言った。


「ありがとう。魔神狩人のこと、よろしくお願いします。あ、そうだ」


 七都は、大切なことを思い出した。


「その魔神狩人のユードのことなんですけど……。彼、エヴァンレットの剣を持っています。どうかお気をつけて」


 彼は少し険しい顔をして、頷いた。


「もちろん持っているでしょうね。魔神狩人なのですから。気をつけますよ。ありがとうございます かえって、それで捜しやすくなるというものです」


 最後に丁寧に挨拶をした後、出て行こうとする彼に七都は声をかける。


「あ、コーヒー……」


 見張り人は振り返り、にっこりと笑った。


「また今度、お招きください。あなたのお父上は大変おいしいコーヒーを淹れられるというので、ぜひいただいてみたいものです。では」


 廊下へ通じるガラス扉が閉められ、途端に見張り人の気配は消え失せた。

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