表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/55

第4章 三人の公爵 11

「お客だって?」

 

 七都は、央人から鞄を受け取りながら、頷いた。

 果林さんの真似をして父の鞄を受け取ったものの、その後、それをどうしていいのか困ってしまう。リビングに持っていけばいいのか、寝室か、それとも書斎なのか。

 

「誰にだい? 私にか? それとも果林? 七都かな?」


「私を心配して来てくれたんだけど、でも、お父さんの知ってる人だよ」


 厳密には『人』じゃなくて、『化け猫吸血鬼』なんだけど。

 七都は頭の中で付け足す。


 父にはもちろん、果林さんを探しに行ったことは言わないほうがいいだろう。

 問い詰められて居場所がばれてしまうかもしれないし、果林さんが今世話になっているカフェのオーナーの香子さんにも迷惑がかかってしまうかもしれない。

 大体、家出した果林さんの居場所を見当付けて探しに行くのは、お父さんの役目なんだからね!

 七都は拳を握りしめ、罪のない鞄に押し当てた。


「ところで、その腕はどうしたんだ?」


 央人が七都の包帯を指差した。


「ちょっと、その……。大丈夫だよ」


 やっぱり、聞くよね。

 七都は苦笑する。

 父は当然だとしても、由惟子にしてもルーアンにしても、心配してくれる人がいるというのは、とても嬉しい。そして、ありがたいことだと思う。

 そして、果林さんがここにいたら、もちろん心配してくれるはずだ。おろおろしながら、七都を病院に引っ張って行くだろう。


「向こうの世界絡みなのか?」


 父が訊ねた。


「まあ、そういうこと。でも、たいしたことないよ。消毒はしたんだけど、一応念のために、これから市民病院の夜間外来に行こうと思うんだ。お父さん、ついてきてくれる?」


「むろんだが……。保険証、どこにあったっけな。七都、知ってるか?」


「……知らない」


 七都は首を振った。

 またしても、果林さん不在のマイナス面を思い知らされる。


 保険証がどこにあるのか。七都自身もそうだが、父も果林さんも病気や怪我とはあまり縁がなかったので、そういうものをしまっている場所を七都は知らなかった。それどころか、今まで保険証のことなど、微塵も考えたこともない。

 そうだ。お医者さんに行くには保険証がいるんだよね。

 そういう基本的なことすら、自分は考えが及ばない。当たり前のことなのに。

 七都は、へこみそうになる。


「それを捜すところから始めるか……。まあ、なくても、診察は受けられるんだけどね。一時的にお金が結構……」


 央人は言いながら、リビングに通じるドアを開けた。

 だが、そこにいる人物を見た途端――。


「うわあ……」


 ドアを開けた姿勢のまま目を丸くし、一瞬固まる。


「『うわあ』って、お父さん、あの人は幽霊じゃないからね。もちろん顔見知りだよね?」


 七都は呟いた。

 

「ヒロト、老けたな」


 ルーアンがソファにゆったりと座ったまま、ワインレッドの透明な目で央人を見上げる。


「ど、どうも、久し振りですね、公爵。十五年ぶりぐらいかな。そりゃあ、僕はただの人間だから、時間分は老けますよ。あなたは相変わらず、おきれいですが。えーと」


 央人は、ルーアンの前のコーヒーカップを見下ろした。


「あ。コーヒーは出したよ。インスタントだけど。というか、ルーアンが入れてくれたの」


「そ、そうか。すみませんね、公爵……」


 央人はルーアンに、ぺこりと頭を下げた。


「いや。やはり、きみの入れてくれたコーヒーには勝てないがね」と、ルーアン。


 ルーアン、お父さんにはタメ口なんだ。お父さんはルーアンに丁寧語を使ってる。

 七都は二人を交互に見比べる。

 父にとってルーアンはどういう存在なんだろう。

 立場としては、ルーアンのほうが上のようだ。

 母の育ての親だから、やっぱり『舅』という立ち位置なのだろうか。


 つか、おきれいって。お父さんったら。そういうことをさらっと言える人だったんだ。

 実はこの二人、やっぱり一緒にプラモデルとか作ったりするのかな。

 七都は、風の城に央人のプラモデルがあったことを思い出して、ふと思った。

 そういうシュールな場面を見てみたい気もしないでもない。


 七都は父の鞄を取りあえずソファに置いた。すぐにストーフィが、そそくさとそれを大切そうに抱え込む。


「あれ、この猫ロボット……? 七都の部屋に飾っといたんだが。何でここにあるんだ?」


 央人が、鞄を抱え込んでいるストーフィを見下ろした。ナチグロがその視線を遮るように、さりげなくストーフィのそばに移動する。

 七都には心なしかストーフィの頬が、ぽっと染まったように思えた。


「も、もちろん、わたしが持ってきたの。リビングが賑やかになるかなと思って」


 ストーフィは自分で勝手に歩いて階段を下りたのだが、七都はそういうことにしておく。

 我ながら、何と適当な理由だとは思ったが。けれども、央人は納得したらしい。というより、注意が別のやっかいなほうに向いてしまった。


「この猫ロボット……。今、自分で動かなかったか? 鞄を……」


「やーね、お父さんったら。気のせいだよ。ナチグロが鞄を押し込んだんだよ。仕事で疲れてるんじゃない? プレゼン、うまくいったの?」


 七都のセリフに合わせるように、ナチグロ=ロビンは鞄をストーフィとソファの間に前足でぐいぐいと押し込んで見せた。


「プレゼンは無事終わったが、おえらいさんが沢山来ていて、確かに疲れたよ。あとでビタミン剤を飲んでおこうかな」


「そのほうがいいよ」


(もう、お母さんったら。目立つ動き方をするのはやめてよね)


 七都は父に気づかれないよう、顔をしかめ、ストーフィ=母を睨む。

 別にストーフィ自体が動くことを父に教えても問題はないのだろうが、このストーフィの中身は母なのだ。母に対する歯止めとしても、動けないことを前提にしておくに越したことはない。


 央人は、手に持っていた上着を注意深くソファに置いた。

 ストーフィは、七都に注意されたためか、全く動かなかった。その目は、全く関係のない中庭のほうを向いている。

 七都はその姿に切なさと罪悪感を少し覚えたが、いちいち感傷的になっても仕方がないと思い直す。


「保険証捜そう、お父さん」


 七都は、まだストーフィをじっと見ている父を促した。


「ああ。果林は保険証、いつもどこに置いてるんだろうな。……それにしても」


 央人は、リビング、それからキッチンをざっと眺め渡す。

 リビングにはユードが食べたアイスクリームのタッパー、ナチグロが紀州のとれとれマグロムース仕立てを食べた食器、そしてナチグロとの意思疎通に使用した央人のノートパソコンが置かれていた。さらに、母が出しっぱなしにした救急箱、その周りに包帯の切れ端や包み袋、鋏などが散らばっている。

 キッチンのテーブルには、七都が食べた大量のカップめんやコンビニ弁当、ヨーグルトやプリンの容器、サンドイッチやパンの袋などが乗せられ、シンクにはユードが食べた、これもまた大量の冷凍食品が入っていた容器や食器が積まれている。


「何か……散らかってるな」


「ちょっと出かけてたから、片づける暇がなかったんだよ。それに、散らかってるのはお父さんのせいでもあるじゃない。お父さんったら、何でユードに果林さんの冷凍食品を全部出しちゃうんだよ。おまけにご丁寧に、デザートのアイスクリームまで!」


 七都は、父に噛みついた。

 食べ物の恨みは恐ろしいのだ。特にデザート類は。


「ああ、ユードっていうのか。あの青年、とてもお腹がすいてそうだったからね。ほら、異世界からこっちに来たら、大食いになるんだろう。きみの彼氏なら、親切にしとかなきゃと思って、アイスも出しといた」


「彼氏じゃないし!!!」


 七都はくわっと口を開けて、叫んだ。


「そ、そうか。それは悪かったな。かなりのイケメンくんだったしな、てっきりあっちで彼氏ができたのかと」


 向こうの世界で彼氏ができたというのは、あながち不正解ではない。

 もしナイジェルと正式にお付き合いが始まったら、お父さんに紹介とかできるのかな。

 七都は思う。

 ルーアンやユード、そして、母やサラまでこちらに来てしまうのだから、ナイジェルをこちらに連れてくるのは難しいことではないだろう。


「ヒロト、魔神狩人にアイスクリームを食べさせたのか?」


 ルーアンが訊ねた。


「マジンカリウド? 何か知りませんが、そのイケメン青年、うまそうに食べてましたよ。あなたもアイス召し上がります? それなら、また買ってきますが」


「いや、興味はあるが、私はコーヒーだけでいい。この世界ではコーヒーだけしか飲めぬしな」


「そういえば、ルーアンはお腹すいてないんだ? 向こうから来たのに」


 七都が訊ねると、ルーアンは、にっこりと微笑んで答えた。


「魔神狩人ほどではありませんが、やはりそれなりに空腹ですよ。ですが、ここに長居はしませんので、我慢はできます。多少空腹を我慢しても、コンビニよりデパートのスウィーツのほうが私にはありがたいので」


「うん、そのほうがいいと思うよ。魔神族はグルメでなきゃね」


 七都は何度も頷いた。こちらで人間を襲って空腹を満たされたら、たまらない。


「保険証、見つからないなあ」


 央人は、リビングの棚にある引き出しを片っ端から開け始めた。

 けれども、引き出しを開けた後は、そのまま開けっ放しだ。


「お父さんったら、ちゃんと閉めてよ! 空き巣が入ったみたいになるじゃない!」

「後でまとめて一気に閉めるよ」


 父はそういう返事をのんびりと返し、さらに開きっ放しの引き出しを増やしていく。


「もおお……」

「七都、病院に行ったら、ついでにその足で晩ご飯を食べに行こう。その間、公爵には留守番をしててもらおうかな。一緒に行ってもらうわけにもいかないし」


 父が引き出しをかきまぜながら提案した。


「食べに行こうって。つまり、外食?」

「七都も私も、二人とも料理は作れないだろ。たまにはファーストフードとか食べたいなあ」

「ファーストフードなんて、お父さんったら、果林さんに怒られるよ」


 七都がふとソファを見ると、ストーフィとナチグロが仲よく寄り添って央人の鞄を開け、中身を引っ張り出していた。

 財布にパスケースに携帯電話、キーケース、ハンカチ、書類。彼らに引っ張り出されたものが、次々とソファの上に乱雑にばらまかれる。


「あ、あなたたち、何やってるのっっ!!!」


 七都は髪を逆立てて小声で叫ぶ。

 保険証を捜している央人は、ストーフィとナチグロの行動には気づいてはいない。

 七都は父の鞄を、がしっとつかんだ。


「留守番なら、喜んで。しかし、ヒロトが帰ってきて、片付くどころか、ますますリビングが散らかっていきますね。保険証がどこにあるかまでは、さすがに私にもわかりません」


 ルーアンが、冷めたインスタントコーヒーをこくりと飲む。


 その時だった。

 再び玄関のチャイムが鳴る。

 ピンポーンと1回。どこか間延びしたような音だった。


「あれ、また誰か来た? こんな時間なのに。今日はほんと、お客さんが多いな」


 七都は、ストーフィ=母との鞄の引っ張り合いを中断し、再び玄関に急いだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=735023674&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ