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第4章 三人の公爵 7

「え。きょうだいなの、あの二人!?」


 七都は、ストーフィをがくがくと前後に揺すった。


「だーって。恋人でも親子でもないんじゃ、あと残ってるのはキョウダイしかないじゃない。乱暴に扱わないでよ。エルフルドに言いつけるわよ」


 七都は、揺するのをやめる。


「消去法か。お母さん、きょうだいだって知ってるのかと思ったのに」


「サーライエルが魔王になる前、人間の家族と暮らしていたって話は聞いたことはある。その家族の一人が、あのタンメン魔神狩人くんじゃないの?」


「ユードも家族だって言ってたよね。でも、血は繋がってないって。血の繋がった家族じゃなかったってことかな」


「血が繋がってたら、キンシンソウカンだものね。ま、それは避けたほうがいいわよね、人間にしても、魔神族にしても」


 ストーフィ=母はそう言って、どこか遠く、空の彼方あたりに目をやった。


「だけど、なんでまた、あのタンメンさん、魔神狩人なんかになっちゃったのかしらねえ。この先の展開にわくわくしちゃう」


「わくわくしないでよ! 悲劇の始まりかもしれないじゃない。あとタンメンじゃなくて、イケメンですから。」


 七都は、何かに期待しているストーフィ=母に顔をしかめて見せる。

 もう、お母さん、完璧におもしろがってるよね。


「彼、本望だって言ってたじゃない、彼女に殺されても。いいわねえ、そこまで思ってもらえるなんて。でも、サーライエルも相手が魔神狩人だなんて、つらいわよねえ。ま、どっちかがこだわらなきゃいいんでしょうけどねえ」


 うっとりと、ストーフィ=母が言う。


「だけど、それ、お互いに弱点になるかもしれないよ。魔王としても、魔神狩人としても」


「そうね。彼が弱点を克服しちゃったら、サーライエルも危ないわよね。エヴァンレットの剣で狩られちゃう。せいぜい気をつけてもらわなきゃ。まあ、彼女も魔王なんだから、そう簡単に狩られるとは思えないけどね。たぶん、大丈夫よ。大丈夫じゃないのは、魔神狩人のタンメンさんのほう」


「お母さんったら、呑気なんだから」


 七都は苦笑して、ふっと溜め息をついた。


「でも、これで、ユードの額に魔王さまの口づけの印があるわけが判明したよ。あと、彼が初対面で私に親切だったのは、私がサーライエルさまに似ていたからだってことも。ユードの心の中にずっとあった、かつて家族だった憧れの女性に、わたしの向こう側での姿がよく似ていた。だから、彼は、魔神狩人にあるまじき行動を取っちゃったんだよね。何だかんだ言い訳しながら、わたしを何回も助けてくれた。彼は滑稽なくらい、ぶれまくってた。サーライエルさまとお母さん、それから私。そっくりだよね。ユードが、ぶれるのが仕方がないくらい」


「そりゃ、似てるわよ。親戚だしね。それに私たちは、魔神族の最も美しい女性の姿をモデルにしてるんだもの」


「魔神族の最も美しい女性? 誰、それ?」


「魔神族の祖とされる、女性の魔王さま。その方の子供たちが、それぞれの魔王の祖先なの。水と地と闇と光の魔王は、その方の息子。火と風の魔王の祖先は、娘。娘たちは、母親の容姿をそっくり受け継いで、子孫に伝えたと言われるわ。息子たちは各々、自分好みの美しい姿を取った。だから、火の魔王であるサーライエルと、風の魔王に連なる私たちは、とてもよく似てるってわけ」


「その女性の魔王さまの旦那さまは? まさか、シングルマザーじゃないよね」


「もちろん、いるわ。猫よ。とても大きな猫」


 ストーフィ=母は、両手をうわーんと大きく回して見せる。


「猫!? 猫が旦那さまなの?  あ……。それ、見たことあるよ。時の魔王さまの宮殿に、そんな像があったよね。少女とでかい猫が並んでいる像が……。もしかして、あれって……」


 七都が幽体離脱をしている時に迷い込んだ、時の魔王の宮殿――。

その中にあった、天井が宇宙になっていて、七つの席が円状に配置された、あの大きな丸い部屋。

 少女と猫の像は、確かその部屋に飾られていた。まるで、猫に変身したときのカーラジルトと自分が寄り添っているようだったので、はっきりと覚えている。


「そういえば、そんなのあったわねえ」


「そういえばって……いつもお母さん、そこにいるんでしょう?」


「あの部屋は、いつも素通りしてるもの。ふだんは使わないから、中まできちんと見たりしないわ」


「使わない? いつ使うの? あの部屋、何のための部屋なの?」


 七都が畳みかけるように訊ねると、ストーフィ=母は、七都の顔を間近から覗き込む。

 至近距離からの銀猫ロボットの無表情は、妙な迫力があった。


「普通一般の魔神族は知らなくてもいいことよ。でも、知りたい? 知りたかったら、魔王になるしかないわねえ。この際、覚悟を決めて風の魔王になる?」


「……し、知らなくてもいいですっ!」


 七都は叫ぶ。


「お母さんまで、さりげなく外堀を埋めようとしないでよね……。ルーアンだけで、いっぱいいっぱいだよ。……じゃあ、その少女と猫の夫婦から生まれた息子たちと娘たちが、七人の魔王さまの祖先ってこと?」


「まあ、そういうことね。……正確には、6人なんだけどね……」


 ストーフィ=母が、最後のほうは七都に聞こえないよう、ぼそぼそと呟いた。


「猫が旦那さまって、ちょっとびっくりした。だから、魔神族の先祖は猫だって言われてるんだ」


「そう。まあ、そのご先祖の少女と猫についての話は、いつかあなたも知ることがあるかもしれないわね」


「それも、魔王になったらって言うんじゃないよね?」


 警戒を込めて、七都は訊ねる。


「確かに魔王になったほうが、手っ取り早く知ることが出来るかもね」


「遠慮しときます。手っ取り早く知りたくないです」


「まあ、とにかく……。だけど、今度向こうであのタンメンさんに会っても、あなたに親切にしてくれないかもしれないわねえ。タンメンさんが求めていた、当の本人が出てきちゃったんだもん。もうあなたに面影を探す必要はなくなったわけだし。ちょっと寂しいわね」


 ストーフィ=母が言った。


「でも、それが本来のことだから。彼の弱みにつけ込もうなんて、最初から思ってないよ」


 七都は言ったが、母の言うとおり、少し寂しいと思ってしまうのは事実だった。

 やっぱり、さっきユードとサラがキスしたとき、多少嫉妬してしまったかもしれない。

 でも、いいや。

 今度会ったときは、魔神と魔神狩人。そう割り切って果たし合える。

 もう甘えは許されない。お互いに手加減もしない。真剣勝負だ。もっともそれは、最初から、そうだったはず。何度もそう思ったはず。


「あ、だけど、今回ユードにはずいぶん助けてもらったのだもの。その借りは返さなきゃいけないかな……」


 七都が呟くと、ストーフィ=母は、呆れたように七都を見上げた。


「ったく、ナナトったら。義理がたいというか、馬鹿正直というか。そんなの無視しなさいな。いくらあなたが魔王の娘だろうと、次期魔王だろうと、魔神狩人に油断したら命取りになるわよ。もし彼らの持つ剣で急所を刺されたら……」


「わかってるよ。塵になって、跡形もなく消えてしまうんでしょ」


 七都は呟いた。

 そう。それが、向こう側の世界での現実だ。

 向こうで魔神族の体を持つ自分も、例外ではない。メーベルルのようになってしまう。

 母の言うとおり、借りを返すなどと言っていたら、自分のほうが魔神狩人に付け込まれるのだ。


「とにかく、魔神狩人と……それから、自分以外の魔神族を主人とするアヌヴィムには、心を許さないことね」


 ストーフィ=母が忠告した。


 その時――。

 リビングの緑の扉のノブが、向こう側からガチャリと動いた。

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