第3章 洋館の魔神たち 18
「その猫ロボットが、口からこれを出したの。びっくりしたよ。中を見たら、あなたの生徒手帳だったから、その外人さんも猫ロボットも、あなたに関係があるんだと思った。だから、取りあえず、あなたの家に向かってたんだけどね。あの猫ロボット、最新式?」
由惟子が訊ねると、ユードの足元からストーフィが顔を出す。
「えへへ」と笑っているように、七都には思えた。
「そ、そうなの。実はこの外人さん、とある外国の科学者でね。ロボット工学を研究してるの。もっと年取ったら、ノーベル賞とか取れるんじゃないかな」
ああ、また嘘をついた。
七都は、顔で笑いながらも、落ち込んでしまう。
「よく出来てるね、そのロボット。でも、科学者が、何であんな格好を……?」
由惟子が首を傾げる。
もっともな疑問だ。普通に日本に住んでいる外国人は、ユードのような格好はしない。
「コスプレだよ、コスプレ! 科学者だって、ヲタさんは一杯いるからね。彼はゲームオタクで、あの黒ずくめの衣装は、彼の好きなゲームのキャラの服みたいだよ。カッコいいよね」
コスプレ。七都は、見張り人が口にしていたことを真似してみる。
<コスプレで通ると思いますよ。外人さんがコスプレしてる、くらいで終わるでしょう>
見張り人の言うとおり、おそらくそれが、一般の人を最も納得させやすい理由だ。ユードがおかしな格好をしている理由。おかしな剣を持っている理由。
ユードの衣装はゲームのキャラの衣装で、剣は、もちろん作り物。彼の隙のない態度は、ゲームのキャラになりきっているため。
つまり彼は、何かのゲームのキャラクターの格好をしている、残念なイケメン外人。
それでいいだろう。一応、筋は通る。そういうことにして、誤魔化そう。
七都は、漫画のように、涙型の冷や汗が全身から噴水のように出ている自分を想像してみる。
「ゲームオタクかあ。ファンタジー系のゲームだよね。戦士とかかな。光る剣持ってたし。あの剣もよく出来てたな。さすが科学者が作っただけあるよね。でも、七都とどういう関係? この人、七都のおうちにいるの?」
由惟子が、無邪気に質問する。
笑顔が引きつっているのが、自分でもわかった。
まだ嘘は足りなかった。雪だるまのように上塗りされていく。
(ええい、もう。自棄だ)
「じ、実はこの人、親戚なの。母方のね。名古屋でコスプレ大会があって出るっていうから、うちに泊めてるの。今そこで、偶然会ったんだよね。この洋館が倒壊する、ちょっと前に。勝手に家を出て行っちゃって、皆で探してたんだよ」
『名古屋でコスプレ大会』というのは、本当に開催されているはずだった。
七都が二回目に向こうの世界に出かける前、新聞にそういう記事が載っていて、父と果林さんがそれを話題にしていたのだ。確か、今頃の日にちだったはず。
「そうなんだ。じゃあ、よかったね。そういえば、七都のお母さんって外人さんなんだっけ。そんな噂聞いたよ」と、由惟子。
「ハーフだよ」
七都は答える。
それは実話だ。母の美羽は、人間と魔神族のハーフ。間違いはない。
「じゃあ、七都ってクォーターなんだね。素敵! 何かそんな雰囲気あるよね」
由惟子が、憧れの眼差しで七都を見つめる。
七都は苦笑した。確かに、それも事実であることに違いはない。クォーターの割には、魔神族の血は濃いのだが。
しかし、ユードを『ロボット工学を研究している、将来ノーベル賞候補なのだけれど、ゲームオタクでコスプレ好きな、ちょっと残念なイケメン外人科学者』にしてしまった。
もちろん、そのことに関して、罪悪感は微塵もないが。
当のユードは怪訝そうな顔をして、七都と由惟子の様子を眺めている。
何を話しているのかは、わからないはずだ。こちらの言葉は理解できないのだから。
自分がゲームオタクにされているなど、思いも寄らないだろう。と言うより、ゲームオタクが何なのかも、ユードには理解できないだろう。
とにかくこの辺が、外国人がうろうろしていても特別視されない地域だということはありがたかった。
表に出てきた人々も、ユードには注意を払っていない。
外国人がこのあたりにいるのは当たり前。妙な衣装を着ていても、たぶん民族衣装。それで済む。
(でも、頭いいね、お母さん。家を出る時に、私の生徒手帳を飲み込んで行ったんだ?)
七都は、ストーフィの中の母に話しかけた。
(でしょ? 何かあなたに繋がるものを持って行かなきゃって思って、急いでそうしたの)
母が、得意げに答える。
(さすがだよ、お母さん。あ……でも。わたし、鞄を洋館の中に置いてきてしまった。財布とか携帯とか、入っていたのに。たぶん、あの部屋のどこかに置いてあったと思う。帽子と靴があそこにあったから、鞄も……)
(うふふ)
ストーフィは、ユードのマントを引っ張った。
ユードは、黙って肩から何かをはずし、ストーフィにそれを渡した。
それを見て、七都は、驚く。
ユードが肩にかけていたもの。それは、ユードには全く似合わない、白地に水玉模様の布バッグ。
七都の鞄だったのだ。
「この機械猫が、持って行って欲しそうに私を見上げたのでな。取りあえず肩にかけた。あんたの荷物だったのか」
ユードが、ぼそっと言った。
「そうなの、私の鞄だったの! さすがだよ、お母さん! やっぱり抜け目ない。立ち回りが上手い。尊敬するよ!!」
七都は、鞄をストーフィから受け取って、叫んだ。
ストーフィの目が、青と黄色に光る。どうやら照れているようだった。
「嬉しい! 鞄、もうだめかと思った」
(帽子とサンダルは無理だったけどね。鞄は大事なものが入ってるものね。ベッドの下にあったのを見つけたの。きっとあなたのだと思ったのよね)
と、母の声が聞こえる。
「七都……」
由惟子が、呆然と七都を見つめた。
彼女の大きな目が、とてつもなく、さらに大きく見開かれている。
ついでに、口もあんぐりと開けられていた。
「え? あ。えーと。私、この外人さんの言葉は、少しはわかる……よ……?」
七都は、しどろもどろになる。
しまった。つい、いつもと同じような言動をしてしまった。
由惟子にとってユードの言葉は、ちんぷんかんぷんの外国語のはずだ。
英語でもなく、ドイツ語でもなく、スペイン語でもなくアラビア語でもなく。全く聞いたこともない言語に違いなかった。
だというのに、七都はそれを簡単に理解する。不思議に思うのも無理はない。
「七都が外国語わかっても、別に不思議はないよ。クォーターなんだし。でも……」
由惟子は、七都をキッと睨んだ。
「今、その猫ロボットのこと、思いっきり『お母さん』って呼んだよね?」




