第3章 洋館の魔神たち 6
「最初、この髪はそのまま飾っていたのだがね。フランスのある城を訪れたとき、王女の髪をこういうふうにペンダントにしているのを見かけて、真似てみたんだ。とてもいい方法だからね」
彼が、どこか夢見るように呟いた。
悪趣味だ。形見の髪を入れているとかならば、まだ心情的に理解も出来ようが、おそらくそうではない。
生きている魔神族の髪を切り取って、アクセサリーに加工したもの。
何を目的にして、そういうことをしたのか。
当然、健全な目的ではなさそうだ。
七都の髪を小箱に入れて、大切に持っているセレウスのほうが、まだ可愛げがある。
セレウスによく似たその青年を七都は睨む。
何でこの人、こんなにセレウスに似てるの?
同じ角度から見ると、余計に似てる……。
七都は、ますます顔をしかめた。
「ああ、失礼。それでは話せないね」
青年は言って、七都の口に貼られていたガムテープに手を伸ばした。
鈍い痛みが走り、同時に七都の口は自由になる。
七都の頬に触れた青年の指には、温かみがあった。そして、さっきから肩に乗せられている手も。
この青年は人間だ。七都は確信する。
「出来れば、手足も自由にしてくれたらありがたいのですが?」
七都が言うと、青年は微笑んで首を振った。
その微笑み方も、やはりセレウスによく似ていた。
「残念ながら、それはそのままにしておくよ。あなたに暴れられたら、私の手に負えないのでね」
人を猛獣みたいに……。
七都は、むっとする。
けれども、さっき自分が考えたことの裏付けが取れたような気がした。
<グリアモスの主人というのは、わたしよりも魔力が弱い……。ううん、もしかして、魔力が使えない……>
「あなたは誰? 魔神族……じゃないよね?」
口のあたりには、まだ痺れるようなガムテープの感覚が残っていたが、七都は、詰問するように彼に訊ねた。
最初が肝心だ。もう既に相手は七都の正体を知っている。
風の魔神族の王族であることどころか、魔王の後継者であること、おまけに母のことまで知られている。
グリアモスが知っていたということは、この青年も同様であると考えるべきだろう。
むしろグリアモスは、彼から話を聞いたに違いないのだ。
ならば、姫君らしい、毅然とした態度を取っておかなければ。
青年は、七都の質問に答えなかった。
肯定も否定もしない。ただ、わずかに眉を動かしただけだ。
(もしかして、答えに詰まってる?)
咄嗟にそう判断した七都は、彼に質問を畳み掛けた。
「あなたは、この世界の普通の人間でしょう? あなたには温かい血が流れている。魔神族の血じゃない。何でグリアモスがあなたに仕えてるのかは知らないけど、ともかく普通の人間だ」
「それは、あなたも同じだと思うがね?」
青年は、にやっと笑った。
「この世界のあなたは、全く普通の人間に見えますよ、七都殿。確かに、稀に見る美しい女子高生ではありますがね」
彼は、値踏みするように七都を見下ろした。
「じゃあ、あなたも、向こうの世界に行ったら魔神族に変身するの?」
七都に訊かれて、青年は再び黙り込む。
説明する気にもなれない愚問だ。彼の冷たいブルーの目は、そう告げているようだった。
「取りあえず、魔神族じゃないよね。魔神族なら、魔神族の髪をこんなことして飾ったりしない。こういうことをするのは、例えばアヌヴィムとか……」
七都が言いかけると、青年の目が釣り上がった。気分を害したようだ。
「アヌヴィムじゃないの? じゃあ、いったい何なの? わたしをここにさらってきたグリアモスのご主人って、あなたのこと?」
「あのグリアモスは、全く余計なことをしてくれた。そなたをここに連れて来るのは、まだ、時期尚早だというに。気の回しすぎだな。そなたと街でたまたま出くわして、嬉しくなったのだろう。あるいは、手柄を立てようと焦ったか」
彼は、不満げに言った。
「時期尚早って? じゃあ、いずれはわたしをここに連れて来るつもりだったの?」
「そんなことは考えてもいなかったというのが正直なところだ。だが……」
彼は、七都の肩に乗せている手に力を入れる。
指で肩をじわじわとつかまれるその不快感に、七都は思いっきり眉を寄せた。
「そうしておいても損はないな。そなたは、あちらでは比類ないくらいの美しい魔神族の娘だということだし。そなたを私の花嫁とし、いずれ時期が来たら、そなたを伴って風の都に乗り込むのだ。裏切り者のルーアンも、私がそなたの夫ならば文句は言えまいよ。冠を差し出すしかあるまい。そして私は、やっと風の魔王リュシフィンとなるのだ」
「あなたね。何わけのわからないことを言ってるの?」
七都は、わざとらしく短く溜め息をつき、冷ややかにその青年を見上げる。
動揺していることを見抜かれてはいけない。
平静を装おう。装わなければ。
冠ですって?
風の魔王リュシフィンですって?
この人が?
聞き捨てならないよ、この人が今喋った言葉の数々。
この人、いったい誰?
ルーアンを知ってるの? 裏切り者って何?
ルーアンにそんな言葉を当てはめるなんて、許せない。
それ以前に、この人、ただの人間だよね。
魔神族の王になんか、なれるわけないじゃない!
七都は、湧き上がってくる言葉と憤りを無理やり封じ込める。
もっとたくさん話をして、必要な情報を聞き出さなければ。
焦っちゃだめだ。戦いの最中なんだから。