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第3章 洋館の魔神たち 5

 七都は、眠っているその人物の近くに、縛られた状態でにじり寄る。

 気をつけて動いたつもりだったが、やはりベッドカバーは、ずるずると鈍い音をたてた。

 七都は慌てて動くのをやめたが、その人物は目を覚ます様子はない。

 七都は、ほっとして再び横たわる人物に近寄り、その美しい寝顔を見下ろした。


 枕を覆っているのは、赤味のある金色の髪。今は閉じられているのでわからないが、確か目は薄いブルーだった。


(この人……やっぱり門のところで見かけた人だ。マントを着てフードをかぶっていた、セレウスによく似た外人さん……。じゃあ、この人が、あのグリアモスのご主人? つまり……魔神族……?)


 七都は、改めてそのセレウスによく似た謎の美青年をしげしげと観察する。

 髪は、お世辞にも『きれい』とは言いがたい。艶がなくぱさぱさで、手入れもあまりしていないようだった。

 それでも妙に豪華に見えるのは、単に髪が金色ということだけなのかもしれなかった。

 肌には魔神族特有の透明感はなく、唇にも赤味がまるでない。

 本当に魔神族なのだろうか。

 いや、それよりも――。


(生きてる……よね?)


 ふと不安になって、七都は青いベッドカバーの膨らみを注意深く眺めてみる。

 ベッドカバーは、微かに上下していた。静かに、規則正しく。途切れることのない上下運動を繰り返す。

 七都は、安堵した。

 死体と一緒に寝かされていたなどと、冗談ではない。

 それ以前に、この男性が魔神族なら、死んで遺体が残るだろうかという疑問もあるのだが。


(……つか。わたし、何もされてないよね!?)


 と、そこで七都は、若い男性と二人っきりで個室のベッドに寝かされていた事実に愕然とする。

 このシチュエーションは――。

 ナイジェルのベッドでアルセネイアが寝ていた時の位置と一緒ではないか。

 アルセネイアは、どうぞ襲ってくださいという意味を込めて、魔王のベッドに身を横たえ、眠っていたのだ。

 ということは、魔神族の間では、こういうシチュというのは……。


(だ、だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶっ!!!)


 七都は、ざっと自分の服を見下ろして、その考えを打ち消した。

 手と足をガムテープで縛られているとはいえ、着ている服に変化はない。

 それらは、きちんと頼もしく、七都の体を覆ってくれていた。触られた形跡もなさそうだ。


 それに……。

 七都は、横たわっている美青年を見下ろした。

 この人、ずっと寝たきりって感じがする。

 もう何日もベッドから降りていない。そんな感じ……。

 どこか病気なのかもしれない。それで、魔神族っぽく見えないのかも……。


(じゃあ、多少騒がしくしても、起きないのかな?)


 七都は縛られた両足をくるりと回転させて、足の裏を床に下ろした。

 膝に力を入れると、難なく立ててしまう。


(女子高生の体力を見くびらないでほしいよね。さて、どうやってここから出ようかな。少し様子を見たほうがいいかも……。この人の正体も知りたいし……)


 ベッドの傍らに立った七都は、改めて部屋の中を見渡した。

 表の蔦が風で窓ガラスをこする乾いた音が、微かに聞こえる。

 静かすぎる、古い洋館の室内。

 アンティーク調の灯りが、王子のために誂えられたかのようなベッドカバーと、その中に横たわるベッドの主をぼんやりと照らし出す。

 ベッドの横には、幾つもの写真立てを飾ったサイドテーブル。

 壁際には、年代もののダークブラウンの両開きの衣装箪笥。その隣には、これも年代ものの白いガラスのキャビネット。


 窓際に置かれている椅子に目をやると、その上には七都の帽子が乗せられていた。

 椅子の下には、七都のサンダルが、きちんと揃えて置かれている。

 七都をここに連れてきたグリアモスは、几帳面な性格らしい。


(そういえば、あのグリアモス、妙なこと言ってたっけ。お母さんと私がいなかったら、グリアモスの主人が風の魔王になってたとか何とか? この人のこと? でも、この人、風の魔神族じゃないと思う。それは何となく、感覚でわかるよ……)


 七都は顔をしかめ、首を傾げる。


(どういうことなんだろ。そんな人の話なんて、ルーアンはしていなかった。っていうか、そういう人が存在するなら、渡りに船じゃない? ルーアンも私も、どうぞリュシフィンさまになってくださいって感じだよ?)


 七都は、サイドテーブルのところまで、足を揃えてぴょんぴょんと跳んだ。

 七都の足音は、いい感じに分厚い絨毯に吸収されてしまう。

 ベッドに寝ている人物に近づいた形になってしまったが、彼に変化はなかった。

 その瞼は固く閉じられ、ぴくりとも動かない。


「写真……?」


 七都は、サイドテーブルの上に飾られている写真立てを眺めた。

 古い写真だった。もちろん、モノクロだ。

 そして、そのほとんどが、外国の人々が写っている写真だった。

 幼児の写真、少年の写真、少女の写真。

 長いドレスを着た中年の女性や、シルクハットを被った老紳士の写真もある。


(誰だろう。このベッドの人に関係のある人たちなのかな。この人の子供の頃の写真とか、家族の写真……? それにしては古すぎるけど、不老長寿の魔神族が関わってるのなら、それもありかな。でも、全然似てない……)


 写真立ての傍に、メモ帳のような小さな紙の束が置かれていた。

 その一番上のページには、文字がぎっしりと書かれている。

 アルファベットであることは確かだった。しかも、同じ単語が繰り返して書かれている。


(何だろ……。読めないかも。英語……じゃないなあ。でも、名前っぽい)


 それでも、七都は無理やり読んでみる。


(ディエトリッチ……アンダース? たぶん、ディエトリッチじゃないなあ。あ、ディートリヒだ。じゃあ、ドイツ語? ドイツ語って、Rは強く発音するんだっけ。じゃあ、ディートリヒ・アンデルス……)


 メモ帳には、ディートリヒ・アンデルスという名前が、いろんな大きさと角度で、模様のように書きなぐられていた。まるで、それが、まだ文字を習得していない子供の練習帳の1ページであるかのように。


(誰だろ、ディートリヒって。でも、この人が書いたんじゃないのかな。ここ、この人の部屋なんだろうし……)


 七都はちらりとベッドの主に目をやったが、相変わらず彼は眠り続けていた。


 七都はサイドテーブルから離れ、キャビネットのほうに向きを変える。

 キャビネットのガラスの中で、何かがきらきらと輝いていた。

 それは、かなり大切なものであるらしいのが、何となくわかる。 

 キャビネットに入れられているのがそれだけ、というよりも、それを飾るためにそのキャビネットがそこに置かれているようだった。


(何だろ、あれ……)


 そこに飾られているものに妙に興味を惹かれた七都は、ぴょんぴょんと絨毯の上を素足で飛んで、キャビネットの前に立つ。

 何げなく、ガラスの向こうにあるものを覗き込んだ七都は、目を見開いた。


(これ……は!!)


 そこには、大き目のペンダントが飾られていた。

 楕円形で、美しい装飾が縁周りに入った、金色のペンダント。

 細いチェーンがガラスの棚にぐるぐると渦巻くように置かれている。

 そしてペンダントの真ん中には、宝石ではなく、赤味がかった金色に輝く繊維のようなものが入っていた。

 丁寧に工芸品のように編み込まれ、そのペンダントのガラスの中に納められた、金色の繊維――。

 それは、高価な金属で作られたかのように、部屋の灯りを取り込んで、鋭い光を放っている。


(これ……。髪の毛だ。それも、魔神族の……)


 それは、異世界に住む、自分と同じ吸血鬼の一族の髪。

 そこの太陽に触れると、たちまち溶けてしまう、儚い身体の一部……。


 誰かの手が、七都の肩に乗せられる。男性の大きな手だった。

 七都は、びくりと飛び上がる。


「美しいだろう? 宝石にも勝るとも劣らない輝きだ。ようこそ、七都。風の魔神族の姫君。こんなあばら家へ来ていただけるとは、思いも寄らぬことだ……」


 声が聞こえた。

 それが完璧すぎる日本語であることすら、違和感はなかった。

 余りにも当然だ。魔神族に関係するのなら……。


 七都は、目を閉じる。頭がくらくらした。

 肩に乗せられた手は、七都をしっかりと押さえ込んでいた。簡単には動けない。


 ああ。しっかりしなきゃ。戦いはこれからだ……。

 七都は小さな深呼吸を一回した。そして、再び目を開ける。


 振り向くと――。

 七都のすぐそばに、さっきまでベッドに寝ていたはずの、セレウスそっくりの青年が立っていた。

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