第2章 探索 5
七都、サラ、そして果林さんは、カフェのいちばん奥の席に座った。
二人用の席はテーブルが一つに合わせられて、四人用の席に早変わりする。
隣の席は空いているので、ゆっくり話は出来そうな雰囲気だった。
テーブルの上には、ハーブが何種類か生けられた小さなガラスコップが置かれてあった。
この生け方は果林さんだ。七都は咄嗟に思う。
「この女の子……」
果林さんが、七都の隣の席にちょこんと座っている少女に怪訝そうな顔をする。
「えーと、その。知り合い……から預かったの」
七都は、下手な嘘だと自分でも思いながら答えた。
クラスメイト程度にはそう言い訳できても、家族である果林さんには通じない。
子供を七都に預けるような外国人の知り合いはいないし、そのことも果林さんは知っている。
七都の友達関係は、母親として一応は把握しているのだ。
「そう……」
それでも果林さんは、詳しく突っ込むのはやめたようだった。
確かに、今はそういうことに構っている場合でもなかった。
「で……。何でここがわかったの?」
果林さんが、会話を本題に向ける。
「これ……」
七都は、ポケットから葉書を取り出し、テーブルの上に置いた。
「ごめんなさい。果林さんの本棚をちょっと触っちゃった。どうしても行き先を調べたかったの」
果林さんは、ケーキの写真が印刷された葉書を持ち上げる。
「葉書一枚だけで、私がここにいるってわかったの?」
果林さんが、驚いたように言った。
「その写真のケーキ、果林さんのアイデアなんでしょ? 前にうちでも作ってくれたことあったよね。こんなに飾りはなかったけど」
七都は、フルーツやソースで飾られたケーキを遠慮がちに指差した。
それから続ける。
「思い出したの。このカフェって、ケーキだけじゃなくて、メニューとか、内装とか外装とか、もしかしたら名前とかまで、果林さんが関わったんじゃないかって。私がまだ小学生だった頃、お店の平面図みたいなの見てたよね。で、あの頃よくお菓子作って、私は山ほど食べた記憶がある。きっと試作してたんだよね。お友達のお店がオープンするから、お手伝いして」
果林さんは、戸惑ったような表情で、七都と写真のケーキを見比べた。
「だから、実家じゃなく、ホテルなんかでもないとすれば、果林さんの行き先って、この人のところじゃないかって。何となく思ったの。ここのオーナーの香子さんは、ひとり暮らしだったよね。3LDKのマンションに猫と一緒に住んでるって。そんな話も果林さん、前にしてくれたよ。果林さん、香子さんのところにいるんでしょ? そして、このお店を手伝ってる」
「その通りよ……。びっくりだわ」
果林さんが溜め息をついた。
「果林さん、足の怪我は?」
「だいじょうぶよ。たいしたことないわ。生活に支障ないくらいには歩ける」
オーナーがトレーに並べた紅茶とコーヒー二人分を運んでくる。
果林さんはサラの前にシュガーポットとミルクを並べたが、サラはそれを無視して、そのまま一気にごくごくと半分くらい飲んでしまった。
「おいしいっ!」
サラが、天使のような顔で、にこっと笑う。
「この子、コーヒーをブラックで……。しかも、まだ入れたてで熱いのに……」
果林さんが、じとっとサラを見下ろした。
「そ、そういう子なの!」
七都は、サラに向かって顔をしかめてみせる。
サラは、透明な青い目でちらと七都を見つめ返し、これみよがしに、残りのコーヒーを一気に飲んでしまった。
果林さんは、その様子をあんぐりと口を開いたまま眺めている。
猫舌でコーヒーが飲めない彼女にとって、驚異すべきことなのだろう。
「もうっ。本当のことを言うよ。この子、向こう側の世界の子なんだ。だから、こちらでは少し変わってるように見えると思う。どうやってきたのか、どういう子だか知らないけど、私のこと知ってるみたい。どういう目的だか知らないけど、ずっとついて来てるの」
七都は、果林さんに言った。やはり彼女に嘘をつくのは気が咎める。
それに大体、向こうの世界のことを知っているのだから、隠す必要もなかった。
「目的なんかあるわけないでしょ。おもしろそうだから、ナナトについてきてだけ」
サラが、コーヒーカップをくるくると弄びながら言った。
「向こう側……。あのリビングのドアの向こう側の世界……ね」
果林さんが呟く。
「やっぱり、あるのよね……。で、あなたのお母さんは、あのドアの向こう側の世界からやってきて、そして、央人さんと出会ったんだわ。それで結婚して、あなたが生まれたの」
果林さんは言いながら、窓の遠い遠いところを見つめた。
「果林さん。誤解しないでね。お父さんは……」
「誤解も何も、事実なのよ。央人さんがあなたのお母さんのことをまだ愛してるってことは。よくわかったわ。というより、最初からわかっていたけどね。今回、それが確認できたってだけよ」
七都の言葉を遮って、果林さんが言った。




