穏便
幸いすぐに追いついた。交差点で停まっていたからだ。
とりあえず穏便に。
逃げられては敵わないので運転席の横にママチャリを停めて、運転席横のガラスを特殊警棒で叩き割って、男を引きずり出した。
「アッ、アガ、フザッ、ふざけんな!てめっ、何だ、てめ、ガッ!」
鼻っ柱を叩いて、膝をついたところにみぞおちに蹴りを入れて無力化する。
倒れた男を引きずり上げて盾にして、その影から車内を覗いた。
後部座席に男二人。呆気にとられているようだ。間に女性。引きずり込まれた人だろう。口と目、手首、手足をガムテープでぐるぐる巻きにされている。
男を捨て、運転席のロックを解除し、中を覗き込む。
「警察です。彼女を離しなさい」
もちろん嘘だ。その上このご時世だし、効果があるかは不明確。
しかし、穏便に済む可能性がある。
だが、告げられた男二人は、ホッとしたように表情を崩した。
男のうちの一人が外に出てくる。体が大きい。
「アンタ、新人?」
クルスは答えない。男はニヤニヤしながら、妙に馴れ馴れしそうに話しかけてくる。
「困るんだよねえ。青臭い正義感振り回されちゃ。こっちは仕事中だっていうのに」
「仕事?」
「ああ、お前んところとの共同事業だ。今すぐ戻って署長にでも確認してみな」
「わかった」
「話がはやいじゃねえか。ん?ところでお前非番か?おかしな格好しやがっ」
目を指先で引っかき、金的を蹴り上げた。崩れたところを側頭部に掌底を叩き込む。
「うっ、うわっ、うわっ、なんだ、なんな」
後部座席に乗り込み、残された男の髪の毛を引っ掴み、後ろにそらして、アゴを思いっきり押した。車の内壁に頭をぶつけ、男は昏倒した。
女性の脇を持って、車から引きずり出す。
暴れそうになったので、「大丈夫です。助けに来たものです。安心して下さい」と言ったら大人しくなった。
ずいぶん素直だな、と思った。こんな言葉、裏表なく使ったのは初めてだ。そしてそれが伝わるのも。
女性を抱き上げ、ママチャリの荷台にそっと座らせた。
クルスはサドルにまたがり、服のすそを彼女に握らせた。
「力いっぱい握っていて下さい。動きます」
そうして、ゆっくりとママチャリをこぎ始めた。
後には窓ガラスの砕け散ったバンと男が三人転がっていた。
クルスは満足だった。
全員殺さずに済んだのだ。
なんてすべてのコトを穏便に運べたのだろう。