レースって何なの?
いきなり現れて、この人何言ってるの?
「……汚れたのだけど」
「……………………」
「何か、ないわけ?」
「……………………フン」
男性はポイっと、アイテムを投げ捨てた。
埒があかないので拾ってみると、MP回復ポーション?
MP回復ポーション(中)
効果:MPを300回復する。
「お詫びのつもりかしら?」
「……………………」
彼は何も言わない。
返事の代わりに、ブォン! ブォン! ブォン! というエンジンを吹かす轟音が鳴り響く。
「ちょ! うるさいわよ!」
「――ついて来れるか」
……それだけ言い残し、彼は走り去っていった。
………………。
…………。
え? これって追いかけないといけない感じ?
「ま、まあ今日はこのままログアウトでいいかな……」
別に決闘するとも言っていないし、勝手に走り去っていっただけだし。
できればあと1レベル上げたいから、どこか別の場所で――。
「おおーっと!! 流星!! 持ち前の話術で今回も大きくリードしたぁー!! さてここから謎の少女はどう追いつくつもりでしょうか? 隣にいるので聞いてみましょう。お嬢さん、今の気分は?」
「あんた誰よ!!」
くるりと引き返そうとしたのに、後ろからものすごい勢いで別の男性が走ってきた。
さっきの男性と違い、紳士的に急ブレーキはしてくれたけど……いきなり何なの?
「申し遅れました。私は実況の久我です。さてお嬢さん、貴方はこのレースにどう勝つおつもりで?」
「勝つも何も、レースなんてするつもりないのだけど!」
「おおーっと!! ここでまさかの棄権か!! これで10連続棄権となり、流星の不敗伝説が猛威を振るうぅー!!」
「きゃっ! いきなり大声出さないでよ!」
さっきの男性も失礼だったけど、この久我という男性も中々に失礼だ。
最初に会ったときの紳士的な態度は、どこへいってしまったの?
「すみません。では棄権ということでよろしいのでしょうか?」
「急に真面目になったり調子が狂うわね。そもそも、これは何?」
まず状況がわからない。
いきなり砂埃をかけられて、ポーションを渡されて、男は走り去る。
ついでに、何かうるさい人に棄権するかどうか聞かれる。
私、いつの間に異世界へと迷い込んだのかしら?
「何と言われましても、スピードレースとしか。あの流星に目をつけられたということは、貴方も中々のスピード自慢なのでしょう?」
「何でそうなるのよ」
たしかにホウキで空を飛んでいたけど、そんなにスピードは……スピードは……出て、いたかもしれないけど。
ま、まあ? AGIは300もあるのだし、スピード自慢と思われても仕方ないのかもね。
「違いましたか? では棄権ということで……良い競争相手は、中々見つからないものですね」
「貴方が走ればいいじゃないの」
別に私みたいな魔法少女が相手する必要はない。
さっき追いかけてきたスピードから、この久我さんもスピード自慢の一人なのだろう。
しかし、彼は首を横に振った。
「私は実況するためにいるのです。もし私が走ったなら、誰がその様子を実況するのでしょうか? そもそもギルドメンバーはいくらスピード自慢とはいえ、彼の走りに併走するだけで精一杯です。それに一番の理由として毎度同じメンバーだと飽きられてしまう。なので――」
「もういいわ」
つまり見慣れない人のほうがいいってことね。
でも今から追いかけても、追いつける気はしない。
「そこまで言うなら勝負してもよかったけど、残念ね」
「おおっ! 棄権ではなくて再戦してくださるのですか! ……何が残念なので?」
「だって今からじゃ、彼がどこにいるかわからないもの」
「それならっ!!」
久我さんは何やら宙で操作をすると、やがて全て完了したというように手で払った。
メッセージウィンドウやらアイテムウィンドウを操作しているようだったけど、内容までは許可したメンバーにしか見えないようになっているので何をしたのかまではわからない。
「……ふぅ。では、レースを受けてくださるのですね?」
「ええ。でも、彼がいないならそれも無理な話ね」
フフン。
レースをするつもりはないけど、それらしい理由をでっちあげればこちらの否にはならない。
我ながら完璧な案じゃないの!
……遠くから、ブロロロロロォォォ!! という、エンジンの音が聞こえてきた。
ヘー、バイクって量産されているのね。
さっきの彼以外にも――。
「呼んだか?」
「何でいるのよ!!」
そこには、走り去ったはずの男性……砂かけ野郎がバイクに跨ってこっちを見ていた。
あ、ヘルメットは取ってくれるのね。