どうしてみんなレース脳なの?
今の私は、酒場でエールも買えないほど金欠だ。
モンスターを倒すにしてもクエストはまだ受けていないし、パーティだって組んでいない。
なので「お金ほしーなー?」という表情で彼らを見つめるも、後ろから一度感じた冷気は消えそうにもない。
ドサリ。
「え?」
音が聞こえたほうに視線を向けると、そこには死の風……デス子ちゃんがさもお金を「拾えよ!」と言いたそうに革袋丸ごと放っていた。
「これで十分かしら?」
「う、うん……ありがと」
「お兄ちゃんは、これから私と走るんだから!」
「お兄ちゃん?」
「そう」
「誰と誰が?」
「あれよ」
そういって流星を指差すと……彼も否定はしない。
どうやら二人は本当に兄妹のようだ。
「この際だから言っておくわ」
「なんでしょう?」
「お兄ちゃんって呼んでいいのはわたしだけよ。わかった?」
冗談のつもりだったので、わりとどうでもいい。
でも、この子……随分とお兄ちゃん好きのようね。
私には兄妹がいないからちょっとうらやましい。
「うん。これだけお金があれば装備を整えられるよ! ありがとう!」
「ちょっとあなた。本当にわかったの?」
「うんうん。だから、ね? 今から買い物に付き合って」
今の私は頭と武器以外は初期装備だ。
なので揃えるにしても、詳しい人が一緒のほうが心強い。
「全く、よくそんなんで転職までいけたわね」
「装備は拾ったわ。でも売っちゃった」
転職する手前になって拾った装備は売った。
だって、そうしないと回復薬買えなかったし……あともうちょっとで転職できる時だったので、拾った装備を資金に回復薬で強行突破した。
でも。
これからダメージを受けにくくするためにも、新装備の調達は必須。
しかしこのギルドだと……男性にまともな人がいない。
「私はあまり動きたくないからな。デス子と行ってくると良い。デス子ならAGI装備が多く置いてある店も知っているだろう?」
「もちろんよ! でもわたしはこれからお兄ちゃんと……」
「俺はまたひとっ走りしてくる。妹を頼んだ」
「ちょっと、お兄ちゃん!!」
流星は一人で出ていった。
すぐにエンジン音が聞こえたことから、もう出ていっても間に合わないだろう。
「なんで……こんな時くらい姫様がこの子を連れて行ってよ!」
「それはできないね。知っての通り、私はデバフの塊だ。何の参考にもならないよ」
「え、どういうことですか?」
「……おや。そういえば新人さんがいたのだったね。私はこの中で一番遅い。そして、一番速いとも言える」
急に哲学かしら?
一番まともそうなギルマスもこれだなんて、もしかして早まった?
「ま、私の力が必要になるときは滅多にないさ。まずは規定として定めているAGI500を目指したまえ」
「けど、レベルアップ以外の手段だと……」
AGIが上昇する装備は少ない。
あってもデメリットがついていたり、微々たる上昇だったり。
流星が使っているバイクみたいな装備、普通の店にあるかしら?
そう思案していると、こちらを見たまま黙っていた女の子がしびれを切らしたように叫んだ。
「……わかったわよ。わたしが案内したらいいんでしょ!」
「ほんと! デス子ちゃんありがと!」
「ただし!」
ビシッ!
と指を突きつけられる。
「装備が整ったらすぐにわたしと決闘しなさい!!」
「どうしてそうなるのよ」
「ハハッ、ここでは速いものが正義。そして、速さが全てだからだ」
「その際にはこの私も呼びつけてください。ギルドメッセージにて一言お伝えいただければすぐに駆けつけます。そういえば相談なのですが、この前のレース動画を公開してもよろしいでしょうか? このギルドでは記録を――」
「勝手にしなさいよ!」
……後にこの発言を後悔するのだけど、この時の私は決闘のことで頭がいっぱいだった。
「決闘ってメンバー全員としなきゃダメなの?」
「そんな規定はないが、速さを競ういい機会だとは思っているよ」
そのまま黒百合さんとギルドについて聞いていると、ふとニマニマした顔のデス子ちゃんが視界に入る。
口元を隠して何か嬉しそうだけど……何だろう。
「ふぅん。あなた、わたしに負けるのが怖いんだ?」
「デス子ちゃんはお兄さんに勝ったことあるの?」
「…………ない」
「そっか。負けるのが嫌だからって、適当な装備を紹介しないでね?」
「何よその自信! こっちも正々堂々勝負するわ! このギルドで3番目に遅いのはあなたよ!」
「3番目って、6人しかいないのにそう言われても」
「ハハッ、若いというのはいいね。私も結果を見届けたらリアルで甘えることにしよう」
……こうして、ギルドに加入したその日にデス子ちゃんともレースをすることになった。
ま、まあ?
まずはこの子のお金で、装備を揃えさせてもらおっと。
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