もう一人の隼人 02
病死したというのを、生まれ変わるまで探し続けて、そして見つけた。
兵庫は、こんな隼人で納得したのだろうか。
(いや……多分違う……)
思ったのとは違ったから、あれ以来会いにこないのだ。
あちらで何も期待されなかったように。
ここでも、隼人は邪魔者になるのだろうか。
「夕維もがっかりした……?」
「がっかり……?」
目には大粒の涙を浮かべたまま、夕維はぶんぶんと首を振る。
「夕維は、兄様にお会いできて嬉しかったのです……でも、怒られると思って来ました。その覚悟でお誘いにきたのです。兄様は怒らないのですか?」
「怒るって………」
「あちらにも、あちらの世界にも父上と母上がいらっしゃるのに、父上様がまた隼人兄様を離したくないから、こちらに勝手にお呼びしてしまったのでしょう?夕維や、父上様が会いたいからって戻れないのを承知で呼んでしまったのを、怒らないのですか?」
「あぁ……そっか……」
夕維に言われても、不思議と怒りという感情は出てこなかった。
まるでピンとこない。
思い出そうとしても、あちらで母と最後に交わした会話も、顔も、ピンぼけた写真よりも荒い画像のようにしか浮かび上がらない。
隼人は怒ってないと言っているのに、夕維はなかなか泣き止んでくれなかった。
隼人が泣いたときに佐枝がそうしてくれたように、そろそろと背中を撫でてみると、夕維の小さな体が震えているのが分かる。
(妹か……………)
「隼人様、失礼します……姫様、もうお時間です」
足音を忍ばせた佐枝の声が、外からそっと聞こえた。
「またね、夕維」
「……はい、兄様」
障子戸の向こうから、佐枝のもつ手燭がうすぼんやりと廊下を照らしている。
夕維の体が、廊下へ忍び出ると、灯りが静かに遠ざかっていった。
自分の前に、もう一人自分が居た。
生まれ変わる前の自分。
前の隼人。
もう一人の隼人。
ここの世界に最初から居た隼人。
病気をして死んでしまった隼人。
何を考え、どういう人間だったのか。
千広には、やはり怒られたのだろうか。
妹の夕維は可愛かったのだろうか。
聞きたくても、聞けるはずもなかった。
もう彼は、この世にはいないのだから。
「隼人さま、申し訳ありませんでした」
戻るなり、佐枝が深々と頭を下げる。
「いつかはお知りになることだと思いましたが、私の口からはどうしても申しあげられず……。姫様はずっと、隼人さまのことを知りたがっておられたので、このような真似を致しました」
「佐枝は夕維と仲がいいの?」
「もともと私は奥勤めですから、姫様付きのものなのです。隼人さまがいらっしゃるまではずっと夕維姫様の付き人でした」
「……佐枝は、前の隼人を知ってる?」
もし知っているとしたら……知りたかった。
否、知りたくなかった。
胸の奥にもやもやしたものがたちこめる。
知ったところでどうにもならないのに。
「いえ、屋敷のほとんどのものがお顔をあわせていないので、御前さまとお医者様だけだと思います。お亡くなりになったということは、私は隼人さまに付くよう御前に命じられてから知ったのです……おそらく、ですけども」
「うん?」
「御前様は最初から隼人さまをお呼びするつもりだったのではないかと思います。先代様が正式に隠居願いを届けられて御前さまが家督を正式に継がれたのが今年ですから、御前様はこの期を待っておられたのかと」
兵庫はすぐに隼人を呼び寄せようとして、それが出来なかった――………。
前の隼人が病死して五年ほど、ずっと待ち続けたのか。隼人を。
「これは噂ですが、御前様は他家からご養子で秋良に入られた方。奥様が亡くなって、奥様に似た顔の隼人さまがよけいに恋しかったのかもしれませぬ」
隼人は鏡台に立てかけてある鏡をとって覗いてみる。
現代の鏡とは違って、鮮明に姿を映さない。
ボンヤリ曇った隼人の姿しか映さなかった。
「はぁ……………………」
鏡に隼人のため息がかかって、余計に顔は見えなかった。
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跡目の問題は武家には大問題でした、現代と違って子供の死亡率は高く、届け出はそうとう慎重に行われました。長男一人のケースですが。なので、跡目が決まっていない家の主人が急死した場合も、届け出を遅らせて親族が必死に親族の中で誰か跡継ぎに据えようと躍起になって、解決してから出さないとお取り潰しになります、これは地方の藩の中でも多かったようです。なので遺体確認の場合も、どうみても昨日今日じゃなくても、調べる方も暗黙の了解や、賄賂などで、「まあそういうことで」という濁しまくりでしたね。代々引き継がれていくものは割りとこういった行為がありました。勿論、隼人のように召喚されたことはないです!次回、千広VS食事の話です。