始まりは桜の花 07
友とは。
「あとは、二人ともタメ語使ってくれると嬉しいんだけど………」
「タメ語とは!?」
「書き取るな、森之介。隼人さま。恐れながらタメ語とはどういう意味なのですか?」
「んっと、敬語じゃない言葉遣い……冬二郎と森之介はお互いに敬語使わないだろ?」
森之介と冬二郎は顔を見合わせた。
超能力などないが、隼人は二人の心の声が聞こえたような気がした。
”小夜島さまにバレたら怖い”
「一生懸命勉強するし、千広の前では言葉遣いに気をつける!だから、さ?俺、友達欲しいんだよ……。二人になら何でも言えるし、聞けるし……」
手を合わせて拝むまねをすると、森之介がおたおたとそれを止める。
「どうする、冬二郎……」
「うん、困ったね」
さして困ったようにも見えない表情で、冬二郎が水を飲む。
「あちらでは身分というものはなかったのですか?」
「ない、ワケじゃないけど……ここまで一線引かれてないっていうか……」
外国には未だ貴族が存在していて、血統や家柄を重んじるというのは何となくテレビで見たことがあるし、日本でも特殊なケースでは血筋や伝統があったとは思うがそんなに一般的でもない。
千広に習ったこの江戸では、将軍家とそのゆかりのある大名家、藩という国を持つ大名、大身旗本などが数多く居るらしい。
侍であるか、町人であるのか、農民であるのか、商人であるのか。そこからもう身分は発生していて、その枠組みからも身分の差がある。
「みんな平等って感じ。大体同じ服きて、遊びにいって、一緒にご飯食べる」
(……たぶん……)
隼人はそんなに遊びにいかなかったし、家でもご飯は一人だったけれど。
家で一人で食べるご飯と、今千広が傍で給仕してくれながら食べるのとでは違う。
夜具の仕度を終わったあとに、ねだれば佐枝が夜食を持ってきてくれて二人でこっそり食べたりもする。
歯ブラシがなくて、房楊枝というものがいまいち使い勝手が悪いのだが、珍しさに慣れてくればそれもまた楽しい。
「俺……あっちでも、一人だった。だから……だからこそ、森之介にも冬二郎にも友達になって欲しい。ともだちって知りたい……二人は、俺と友達になるの……いやかな……?」
こんな言葉を、現代で使ったことがなかった。
友達とわざわざ言葉で確認しあうことなんてなかった。
確認するのは怖い。
もし――もしも、違うよ、何言ってんのなんて言われてしまうんじゃないかという不安が付きまとっていたから。
隼人だけの勘違いのような。
知り合いと友達の曖昧なボーダーラインのどこに位置しているのか、知るのは勇気の要ることなのだと知った。
顔を上げられなくて、湯のみの水を見つめていると湯飲みの世界にぽたり、波紋がさざ波になって広がる。
(――俺……泣いてる……)
取り返しのつかないものをたくさん置いてきてしまった。
否、もしかしたら追い出されたのかもしれないけど、隼人は色々なことを知っていてもそれをしないまま置いてきてしまった。
いただきます、という言葉をご飯を食べる前にきちんと言うこと。
おやすみなさい、と挨拶すること。
ありがとう、と正しくお礼を素直に言うこと。
他にもたくさんのことを、隼人は知っていたけれど使っていなかった。
知らないのと、それは同じことだ。
お母さんに、いただきます、ご馳走様でしたと言っていれば隼人は一人にならなかったのだろうか。
おやすみなさい、と言いにいけばお父さんは隼人と日曜日に遊んでくれただろうか。
ありがとう、と言っていれば友達だと言い切れる人がいっぱい居たんだろうか。
「友達だよ。ずっと友達だから、泣くな、隼人」
肩を叩いてくれた森之介の手が大きかった。
「俺も友達になりたいよ、隼人」
震える隼人の手のひらを支えてくれた冬二郎の手が温かかった。
「ありがとう――………………」
しんじつ感謝すれば、何も難しいことはない。
素直な気持ちは、色んな複雑になった壁も簡単に通り越して口から溢れてくる。
でも、隼人はもう一人じゃない。
間違えば千広が怒るだろう。
悲しい時は佐枝が一緒に居てくれるだろう。
困ったとき、悩んだとき、何かに気づいたとき
隼人は一人だけれど、友達は居る。
「千広に怒られないように、素読、やる。冬二郎も森之介も助けてくれる?」
『勿論』
きちんと筆で文字をうまくかけるようになったら、先ず秋良隼人と書こう。
「隼人さま、半刻を過ぎています。お仕度は?」
「冬二郎、もう敬語!?」
「お勉強中はご覚悟ください」
「笑顔、怖い!!!」
素読や読み書きは年上の森之介より冬二郎のほうが得意らしく、大体冬二郎が担当する。
竹刀での素振りや剣術の型は、森之介が担当するが、冬二郎も弱いわけではなさそうだった。
儚そうな風貌には似つかない自信がちらついているときがある。
三十回ほど素振りをして息が切れた隼人の傍で、森之介が口の端で笑う。
「席次争いしているんだ――冬二郎のやつ、あれで手ごわいぞ」
「せきじ?」
「剣術道場での強さの順番のことだ。俺は十五席、冬二郎は十八番だ。大人もいるからけっこう上だぞ」
竹刀を振る森之介の体はしなやかな若竹のように弾んでいる。
「全員で何人いるの?」
「五十人――だったかな?冬二郎」
「五十四人だよ。次は勝たせて貰うよ、森之介」
「馬鹿いえ、お前には絶対負けないからな」
大人もいれて五十四人もいる中で、十五番目に強いというのは驚きだった。
未だ前髪の冬二郎も十八番というからには、大人より強かったりするのだろう。
千広がこの二人を隼人に付けたのは、性格や年齢だけでなく剣術の力のことも考えてのことだったのだろう。
―――俺も、強くなりたい。
足はなかなか慣れない草履で皮がむけて、まめも出来ているが、隼人は立ち上がった。
「冬二郎も、一緒にやろう?」
春の夕暮れの空に、三人の素振りに掛ける声が響く。
外の通りにその声は自然に吸い込まれていった。
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少しずつ頑張っている主人公。隼人の変化をしんぼう強く見守ってやってください。席次とか師範代なんかは流派によって様々です。防具がある道場ばかりではなく、ない流派もあったとか。書いた当時は全部暗記していたのですが(汗)この時代はもう竹刀ですが、木刀では死人も出ることもあったので、道場で木刀というとけっこう生死を問われました。ちなみに木刀では峰打ちがありえます。