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生まれ変わりだからって小学生を江戸に召喚するな。  作者: 相木ナナ
現代から江戸へ強制送還されました
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始まりは桜の花 06


 隼人はやとの朝は、いつも携帯のアラームで始まる。


設定した着信アラームを二回ほど切り、ようやく目が覚めてきたところをパジャマのまま顔を洗いに行く………。




 それは、もう過去の朝だった。

 

 朝の六時には女中の佐枝さえに起こされ、桶の水で顔を洗うと、隣の座敷では千広ちひろが膳と難しい書を持って待ち構えている。


あくびでもしようものなら、子面憎い笑顔で千広の扇子が凶器と化す。


 江戸にきて、二週間が経った。



 本日の荒治療メニューに加わったのは、脇差わきざしを差しての歩行訓練だった。

脇にぐっと差し込まれた刀が腹部を圧迫する。


 着物は帯などが多くてそもそも着づらいのに、刀が殊更息苦しくするので、庭を歩いていた隼人はぜいぜいいったまま座り込んだ。


それが良くなかった。

座ったために、よけい刀が体に当たって窒息寸前になったところを千広が脇差を引き抜いた。



「隼人様、何が楽しいのかしれませんが、はしたなく地べたに座るなどもってのほか。それに座るときは刀は外すのが恒例です」


「聞いてないぞ、それ!」


「今初めて申しましたが、何か」



 庭には、隼人のために雪駄せった草履ぞうり下駄げたが用意されていて、隼人が意外に苦戦しているのが草履である。

自分で結ぶのも初めてなら、踏んだ感触も今までにない。


スニーカーになれているので、足の指などを石にぶつけて自傷することが多い。



有馬森之介ありましんのすけただ今参りました」


天瀬冬二郎あませとうじろう、ただ今参上仕りました」


「森之介、冬二郎!」



 脇差を再び入れられて、じたばたしていた隼人が振り返る。


 元服げんぷくしたばかりという若侍の有馬森之介は十五歳。

エネルギーが有り余っているような双眸と、日に焼けた肌が、少年の域を脱しかけている森之介を更に男らしく見せている。


 対照的に、未だ前髪まえがみの天瀬冬二郎は十四歳。

森之介とは一歳差なのだが、中性的な顔立ちに声変わりしきっていない独特の甘い声が余計に繊細な印象を与える。


 二人とも、秋良あきら家の家臣であり若君の遊び相手として、隼人が来て三日目から顔を合わせていた。


 千広ちひろはどうやら秋良の屋敷全体で有能なようで、いつまでも隼人に付ききりではいられないらしい。


 隼人にとっては吉報なことだが、その間に隼人の世話係りとして仕えるのが森之介と冬二郎である。

親も秋良家に仕えている二人は、隼人が違う世界からきたという事情を知る少ない人間でもあった。



「では、隼人様。このあとは素読そどくと書き取り、竹刀での素振り、作法のおさらいになります。二人からよく学んでください。休憩は半刻。よろしいですね?『あちら』の言葉は禁止、これも勿論よろしいですね?」


 千広の疑問形活用語は、主であるはずの隼人への暗黙の命令形である。 

 


 あーはいはい、とかいった言葉を無言で顔に貼り付けている隼人は、背筋が曲がったことのない千広の後ろ姿を見送り、森之介と冬二郎は頭を下げたまま見送る。



「あー、まじで怖いな、小夜島さよしまさまは」


 そう言ったのは隼人ではなく、森之介である。

森之介の横に居る冬二郎の肘鉄が森之介のわき腹に炸裂した。



「森之介?」


 冬二郎の微笑みも優しい。

隼人は密かに千広2号とかミニ千広と名づける由縁である。千広と冬二郎は同じ腹黒い属性にあるのだ。


 一方森之介は隼人の元いた世界に興味津々で、あれこれと尋ねてくる。

冬二郎もたしなめはするが、千広に言いつけたりなどはしない。

性格も見た目も対照的な二人だが、幼馴染でもある。



「隼人さま、今お水をお持ちしますね」


 先ほど隼人が悶絶していた場所で今度は森之介が悶絶していることなど無視して、冬二郎が消えた。



「冬二郎、かなりSだな……」

「えすってなんですか?」

「えー、うーん……いじめっ子?いじめる性格?だから、千広もS。分かる?」


 森之介は懐から紙を取り出すと、文机を引き寄せてそこに書き付けている。



「まじとやばいとちょーとえす……よし、覚えたぞ……隼人さま、他に何か不思議な言葉はご存知ですか?」

 

 隼人は脇差を抜いて縁側に座った。

あまり様にはならなかったが、さきほどよりは随分ましになった。


「不思議って言われてもなー……」



逆に聞かれてしまうと困ってしまう。

千広のように禁止、禁止と連発されるとつい使ってしまってしまうものなのだが。



「あまり本気にされませんように。隼人さまは早く此方に慣れていただかないと。お屋敷の外に出たいというお願いも叶いません」



二つの湯のみに水を汲んできた冬二郎が隼人に湯のみを差し出す。

 


「あ、ありがと、冬二郎」


「いえ、勿体無いお言葉。森之介は自分で汲んできたら?」


「冬二郎のやつ……まじでえすだな……」



 覚えたばかりの言葉を使いながら森之介が駆け出していくと、すぐに水を持って戻ってきた。

森之介と冬二郎が隼人の隣に腰掛けたのは、”千広が不在のときだけでも”と隼人がお願いして出来た習慣だ。


 家臣と主という関係が、隼人には少し寂しくて、少し怖い。



 現代では勉強、学校と決まった目に見えるルールが敷かれていて、ここにはそれが未だ見えない。

 


(期待にこたえられるのか……)



 かしずかれるたびに、どうしていいのかわからなくなってしまう。



.

レギュラー陣登場!このあとタレ目のイケメン(作者個人的な嗜好による)も出てきます。実際脇差しで歩行したことがありますが、けっこうな痛みでした。抜かずに座ろうとして隼人と同じドジをやらかしたのは作者です(馬鹿)現代人には着物生活も大変ですが、歩く時の着物さばきなんかが難しいです。時代劇を見ていて、歌舞伎俳優さんと現代劇しかやったことない人がすぐに見分けつくのはそこだと思います。

若様、庭に出る!脱引きこもりですね。

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