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生まれ変わりだからって小学生を江戸に召喚するな。  作者: 相木ナナ
現代から江戸へ強制送還されました
3/27

始まりは桜の花 03

さあ、指導の鬼推参

 目が覚めると、隼人は見知らぬ場所に居た。


 見覚えのない、広い座敷に平べったい布団。

 掛け布団はなくて、着物が体にかかっていた。

 枕らしき不恰好な物体は高すぎて、隼人が寝ている間に飛ばしたようだった。



 小さい頃に、家族で来たことのある旅館に似ていた。



「お目覚めで御座いますか。おはよう御座います」


「うわっ……!?誰だよ……っ」



 いつの間に背後に来たのか、障子が開いて、一人の着物姿の青年が居た。


 時代劇のようなその格好をじっと見返して、今更夢ではなかったのだと、隼人はため息をついた。

 否、もしかしたらずっと隼人は夢の中にいて、今も起きたつもりで未だ夢の中にいるのかもしれない。



「えーーっと、誰だっけ……」



小夜島千広さよしまちひろと申しました。隼人様、お目覚めでしたらお着替えを」


 千広が手にしているのは子供用らしき着物一式。



「マジでそれ着んの……?」


「無論です。では、今着ていらっしゃるあちらの服は今すぐ脱いでいただきます」



 パーカーとジーンズ、靴下、それまでは良かったが、千広は平然とトランクスまで脱がそうとする。



「なにすんだよ!!これは脱がない!!」


 千広が手にしているのは、クラシックパンツ――いわゆるふんどしだ。

 笑顔だけなら女の子に騒がれそうなものなのに、その裏にあるものは逆らえないオーラが出ている。



「下帯の何が?それでは着物と合いますまい」

「相撲とりじゃあるまいし、無理、無理!!マジ無理!!」

「洗濯はどうされるつもりですか。早く慣れていただかなければ困ります」


 隼人の抵抗も空しく、態度だけはうやうやしい千広はそのくせ容赦なく隼人を裸にしてしまい、あっという間に着物を着付けてしまった。



「鬼!!」

「承知ですが、何か」


 着慣れない着物は、さっそく腹を締め付けてくる。

 空腹に鳴り出しそうなお腹も、驚いてひとまず息を止めたようになった。



「それでは朝餉あさげをお持ちいたします」


「それどころじゃねえよ……」


「何か申されましたか」 



 笑顔の千広に逆らってはいけない。


 江戸にきてしまって最初に隼人が覚えたことは、まずそれだった。



「これが朝食………」



 思わずうめいた隼人の前には膳が置かれている。


 味噌汁、ご飯、香のもの、魚。

 当然、純和風の食事が並んでいる。



 隼人は座敷の外へ出てはいけないのか、膳を運んできたのも千広だった。



 試しに味噌汁を飲もうと手を伸ばした隼人の手が、扇子で叩かれた。



「隼人様、あちらがいかなる場所だったかは存じ上げませぬが、ここでは礼を守っていただきます」



 笑顔の千広が怖い。

 怖いが、言われている意味がわからずに、隼人は手をそろそろとさする。


「他の生き物を殺生して、我らはそれを食します。命を頂戴するのに、感謝の意を持っていただかねば困りますな」



 ――いただきます、のことだ。



 隼人の頬が熱くなった。


 学校ではいつも給食の前に言わされているのに。

 現代でだって、いただきますは常識のことで、普段はやっている。

 それでも、千広に言われる今の今まで気がつかなかったことに言い訳するようで、じわりと沸いた心の染みに唇を噛む。



「ごめんなさい……」


「ご理解が早くて大変けっこうです」



 いただきます、と言って手をつける。

 酷く気詰まりになった。


 通りがあるのか、遠くから声が聞こえる。

 今までは、食事時は大抵テレビがついていて、コマーシャルのにぎやかな音に追われて外へ出れば車の音が聞こえてきたのが、人の声やガラガラと補助輪つきの自転車のような音、鳥の声。


 しん、とした屋敷に騒がしい喧騒が響く。



「今って……江戸時代?」


「場所でしたら、ここは江戸です」


「……何年?」


「宝暦十二年になります」



(ほうれきって何年だよ!?)



 西暦にして1762年。10代将軍、徳川家治の時代になる。

 しかし、隼人には江戸時代の偉い人間など、数える必要もないくらい無知だ。



「江戸時代なんて徳川家康しか知らない……っいってえ!!?」

「東照神君家康公のお名前を呼び捨てはなりません」 


(俺はほんとにこの家の若君なんだろうか……)



 千広に容赦という言葉は存在しないのか、隼人が間違うたびに扇子で腕なり肩なりを叩かれること既に十数回。

 慣れない正座に足が痺れてしまい、こればかりは千広に叩かれてもどうにもならず、座敷にひっくりかえっている隼人はげっそりしていた。



「よろしいですか、『あちら』の言葉は一切禁止です。『あちら』の話も一切禁止です」


「だから、あっちもこっちもわかんないし……」


「そういう場合、語尾は『わからぬ』と申してください」


「こっちでは使わないのかよ?」


「これはしたり。市井のことは存知あげませぬが、由緒正しい武家の言葉ではないことは承知でありましょう?」


(マジで鬼教師だよ………)



「俺……」

「私、もしくはそれがしをお使い下さい」



 無慈悲な言葉に終止符を打つように、鐘の音が遠くから響いてきた。



「おや、もう暮れ六ツですか……」


 千広に言われて、隼人は着物をめくって腕時計を見た。

 およそ6時。


 隼人が唯一取り上げられていない、『あちら』のものだ。

 覚えるまでは、という約束で付けている。


 デジタルの自動修正時計ではなく、アナログな腕時計で良かった……と隼人は思った。

 買ってもらうときに、何となくカッコいいと思ってデザイン重視で買ってもらったのだが、こんな風に役に立つとは思ってもみなかった。


 明け六ツが午前六時。

 六ツ半が七時。

 五ツが八時。

 五ツ半が九時。

 四ツが十時。

 四ツ半が十一時。

 九ツが十二時。


 十二時からは、九ツ半=一時。

 八ツが二時。

 八ツ半が三時。

 七ツが四時。

 七ツ半が五時。

 六ツが六時。

 六ツ半が七時。


 そして三十分は四半刻。

 半刻は一時間。

 一刻が二時間だということが時計を見ながら千広に聞いて得た知識だった。



(一刻も早くとかいうけど、一刻って二時間だったんじゃん……時間の感覚違うよなぁ……)



 携帯電話もない。パソコンもない。ゲームもない。



 いつもはメールやチャットでもしなければ潰せなかった面倒くさい時間の流れが、今では足りないほどに早く過ぎる。



 これだけ忙しければ、一刻は二時間より早くても良いのじゃないかと思う。



「千広ってご飯食べないの……か?」


 辛うじて付け足した、「か」に千広の柳眉が一瞬ぴくりと動いたが、とりあえず今は隼人が夕飯を礼儀正しく食べるかどうかを見張ることを優先することにしたらしい。



「私は後でいただきますゆえ、斟酌は無用でございます。そもそも主と臣下は同じ場所で食事は致しません。それは恐れ多いことにございます」


 扇子でバシバシ叩くのは構わないが、飯を食うのは失礼になるんだな、と思ったが、隼人は黙って米を噛んだ。


 現代の白米とは味が違う。

 甘みも少なく、固い。

 味噌汁も、味噌そのものが違うのか濃い。

 水が飲みたくなったが、我慢した。


 今日、隼人はトイレに行きたくなって千広に説明するのにそうとう苦労したのだ。

 ようやく言いたいことが伝わって、座敷の外に出れたものの、今度は袴が脱げなくなり、廊下で脱がされるという、隼人のプライドはそれで大変傷ついたのだった。


 トイレを市井では厠で通じるが、正しくは後架こうかというのだと、千広は説明した。

 奇跡的に「雪隠詰め」という言葉を知っていた隼人がこれを尋ねたところ、上方かみがたでは雪隠という言葉を使うが江戸ではあまり使用されない、と却下される。


 上方とは何か、と今度は聞くと大阪や京都のほうを示すという。


(……同じ日本なのに、覚えること多すぎだし)  



 千広の方は隼人が漢詩も四書も分からないことに、相当がっかりしているようだった。

 ひらがなも危うい、と口は笑っているが目が絶対に笑っていない。


(あんな超達筆読めないし、書けるワケねーし)


 小学校で書道はやっても、初日の出だとか今年の目標がせいぜいだ。

 クラスでトップの成績のやつだって、無理に決まってる、と隼人は味噌汁でご飯を飲み込んだ。



時間などを現代換算して表記しました。隼人、デジタル時計ならば終わってたが設定上アナログにしたぞ。

当時の江戸では白米が流通しすぎてビタミンEなどが欠乏して、脚気などが非常に流行っていました。ですが米はいまほど品種改良を重ねていなので、現代人からすると固かったはずと思われます。味噌も手作りですから市販に慣れていると違和感でしょう。豆知識がつくと、敬遠していたものの、多分たのしい!はず

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[良い点] ツイッターの小説を読むタグより参りました! 江戸時代に召喚は楽しいですね! 私には知らない事だらけで、豆知識がつき嬉しいです!
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