欠けた月を見かけたら03
次回新章。
鋭馬が時折、供をしないことが増えた。
勿論千広には秘密である。
これがバレたら鋭馬の首が危うい。
それを承知した上で、帰りは外してと行きにいえば鋭馬はこなかった。
森之介、冬二郎の供は必ずだが――大人の介入なしに世の中を知った方が良いという鋭馬からの提案だった。
千広が知ったら絶対に阻止されるであろうことなので、そこは互いに口裏を合わせているが、森之介たちと少し寄り道をしたり、沢田の誘いをうけることは隼人にとって大きな楽しみだった。
「明日は必ず早くお帰りになってください。夕刻に出かけます」
道場が見えるころ、鋭馬が何気なくいった。
「どこにいくの?」
「夕惟姫のご希望で、屋形船から月見をするそうですよ。ちなみに千広も佐枝も一緒ですが」
「森之介たちは?」
「そんなに大勢はのれません。あとは俺も供につきます」
「わかった」
そういえば、あれ以来夕惟には会えていない。
兄様、と呼びかけていた夕惟を思い出し、隼人は懐かしくなった。
「帰りは、いいからね」
「承知しました」
鋭馬と森之介がなにか話すところを聞くと、寄り道用にいくらかお金を預けている様子だ。
沢田が蕎麦や天ぷらに目がないので何度か出かけているが、現代の天ぷらを知っている隼人には少し微妙である。
現代と違って小さな火で作ることからくる火力か、粉の質か。
天ぷら粉がべとっとしていることと、そばというのがかなり違ったことだ。
どんぶりいっぱいに出汁汁のある温かい蕎麦を想像していた隼人にはショックだった。
汁は少なく、醤油の味が濃い。
どちらかというとつけ麺のイメージだ。
濃い色のしょうゆ汁につからせていると、麺があっというまに食べれないほどに味が濃くしみてしまうので、人々はかっこんで食べるのである。
「今日もさぞ、おいしいものを探すのでしょうな」
「今日はお菓子を探してみる」
大福や団子などは、むしろ隼人は現代のときより気に入っていた。
現代ではポテトチップスなどのほうが食べることが多かったが、化学調味料がない毎日の献立になれてくると薄味になれた。
そういう舌で食べると、砂糖が高価な江戸ならではの素材の甘味を重視したお菓子がおいしいのだ。
「買い食いがたたって夕餉が食べられぬ、などということを起こしてはなりませんよ。咎はこの鋭馬に向けられますからな」
「影で森之介もさぞ怒られるでしょうね」
元服している森之介が三人でいるときの、責任担当なものだから冬二郎は気楽な顔だ。
以前はこういったことに怒って反論することが多かったが、だいぶゆるやかになってきた。
そういう冬二郎を見習ってほしい――と隼人はつくづく思う。
相変わらず千広は堅苦しく、礼儀を守らないと扇子で隼人をビシバシ容赦なく教育する。
「じゃあ、行って参ります」
「ご健闘をお祈り申し上げます」
今日は隼人も試合があるのだ。
末席同士の試合だが、対戦相手の中には石津もいる。
隼人が去るまで鋭馬はいつも門の前で佇むので、隼人はすぐ道場の納戸に向かう。
稽古場のほうからは、凛とした女性の声が聞こえた。
「今日は理久殿もいらっしゃるようですね」
冬二郎にしては慌ただしく急いで駆け込む。
「森之介、石津の弱点ってなに?」
「大振りが多く、気合いをそらすために大きな声を出しますが、踏み込みに素早さがかける」
隼人は少し考えたが、その弱点はそのまま自分にも当てはまると思った。
「じゃあ、どうしたら勝てる?」
「どんな相手にもそうですが、己が勝つと信じることですよ。迷えば負ける。師範代がよくそう仰ってる」
勝つと信じる。隼人が呟くと、気合い十分に素振りする石津矢之助が見えた。
「隼人、ふぁいと!!」
森之介は、そういって頷いた。
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天ぷらと蕎麦について、やっと出番が。天ぷらは今のようにさくっとしていなかった様子です。そして串にささって販売されておりました。それでも食べると手にあぶらがつくので、皆様のれんで拭いていたそうで、のれんが汚いのがおいしいお店という触れ込みにもなったとか。橋のたもとに店を出しているところは欄干で手を拭く方が多く(現代からしたら不潔ですけど)あそこの欄干はテカテカしてる!と評判になった店を真似て、わざと欄干に油をぬる店主もいたとかw
蕎麦をなぜかっこむのか、というのは江戸のこのそばのせいです。今のようにつけたままおいしく食べれないので、時間たてばたつほど濃いーい味が蕎麦にしみて食べれないレベルに濃いので、みんなかっこむのです。ざるそばのつける汁に浸っていたという感じですかね。