欠けた月を見かけたら02
新キャラまたしても(やっと女子
数人の門弟が、石津を見て忍び笑いをした。
「いま、笑ったのは誰ですか」
泉の端正な顔が強張った。
沢田の手が伸びてきて、笑った少年たちの襟首をつかまえた。
「おまえたちはこっちだ。今のなにが可笑しかったか言ってみろ」
――信じられない。
沢田と泉が、着替えなどに使う納戸のほうに連れて行った中には元服しているものもいた。
いい大人まで、そんなふうに笑うのか。
「さぞ、いい気味だろう、秋良」
隼人はのけぞりかけた。
その体のすぐ傍を、竹刀が風を切った。
石津だ。
「なにも可笑しくない」
「うそつきやがれ!!」
ーー正面からくる。
石津の抜き打ちを受け止めると、隼人は飛びずさった。
「ほんとうはおかしいんだろう」
石津が斜めに足を踏み込む。
隼人は右青眼でそれを受け流し、体が自然に動いたことに驚いていた。
家で森之介や冬二郎相手にうちあったことはあっても、型ばかりの練習で、本気ではない。
――負けない。
石津に加勢しようとしたのか、小西という門弟が竹刀を隼人に振り上げる。
「させるか、この野郎!」
竹刀の下をくぐるようにして、森之介がそれを受けると、小西を弾き飛ばす。
「じつは乱暴者のようだぞ、豆腐の若様は」
隼人と石津、森之介と小西を輪にして見ていた中から、野次がとんだ。
瞬時に、やじったひとりが羽目板にたたきつけられた。
「あるじに文句あるものは、他にいらっしゃいますかな」
ひたひたと、竹刀をもつ冬二郎から怒気が沸いている。
道場の外で、兵堂らしい大声が聞こえた。
石津の気がそれたが、隼人は攻撃を止めなかった。
「おやめなさい!!」
ぴしゃりとした女の声がした瞬間、隼人の剣が石津の剣を巻きあげて空中に飛ばした。
「隼人様、おみごと!!」
そう言いかけた森之介も口をとざした。
道場につながる母屋から入ってきたのは、総髪に長く結わえ、女だてらに袴をはいた人物だった。
「この騒ぎは何事ですか。森之介殿、礼助殿や泉殿はどこへいかれたのです」
「これは理久殿、その、黒宮さんは……兵堂さんと出ていて……泉さんと沢田さんは……その……」
森之介が言いよどむあいだに、納戸から沢田が走り出てきた。
「や、や、理久殿。これは申し訳ない」
「伊織殿、あなたまでもいらっしゃってこの騒ぎになったのですか。ここは神聖な道場ですよ」
「言いたいことはわかる、うむ。けしからん、申し訳ない」
小塚師範代にさえ軽々しい沢田伊織が、この口ごもり様である。
神名道場の道場主、神名寛斎の一人娘、理久である。
隼人は理久に何か懐かしさを覚えたが、江戸にきてすぐ見た十四夜と同じ、ポニーテールを見たのが二度目だということだった。
美人ではあるが、男女不明な十四夜とは違い体の線の柔らかさがくっきりとしていた。
「なにごとだ」
小塚師範代が道場に顔を出したときには、全員が道場の掃除を終えて正座をし、道場に書かれている心得を大声で唱えているときだった。
「全員罰則を下しました。規律を守れない殿方は嫌いですので」
隼人は、冷や汗をだしっぱなしだった。
プライドの高い黒宮が、隼人の隣で同様に正座をさせられてるのである。
――違う意味で次の稽古が怖い……!!
千広と理久さんが並んだら、きっと凍え死んじゃうんだろうな。
小塚師範代は何もいわず、防具を磨きだしたので隼人は一番よく聞こえる沢田と森之介の声に合わせて、読みあげる。
「礼助殿の良いお声があまり聞こえませんわね」
理久がほほ笑むと、隼人の隣から黒宮の大声が聞こえた。
目を閉じると、石津の剣を空中にとばした一撃がよみがえる。
体が、しっかりと記憶しているようだ。
隼人は、兵堂の不愉快さを忘れて、少し爽快な気分になっていた。
.
実際はポニテではないのですが、隼人の知識がないので描写がそんなことに。総髪というやつです、普通は女性でも勿論結っているのが普通で(流行りや独身・既婚者がわかる)のですが、ここは女武者のような彼女は道場ではこういう感じです。他にも女性は結婚すると眉を落としてお歯黒などをするので、人妻かどうかはわかりやすかったのです。
男性の武士や商人など髷の形は違いましてこれも時代によって流行などもありました。有名な八丁堀役人ドラマでおなじみの江戸の警察ですね)もまた人目でわかる髷になってます。ので、服装もそうですが何かあった時に、「あ、あそこにいる」というわかりやすい目安だったのですね。
道場の掟のようなものの読み上げ場面、隼人はまだ口パクです、未だ読み書きは怪しいです。あらかじめ森之介たちに教わっている暗記うろオボえでごまかしております。
次回からは少し変化が始まります。隼人たちの登下校?の様子が変わります。