自分との戦い 02
いじめっ子、現る。
素ぶりをしたあと、突き、打ち込みと無楽流の型を順番に繰り返す。
道場の向こうでは上位席次の門弟たちがおめき叫びながら、互いに打ち合っていた。
冬二郎や森之介も、そちらである。
ほかの年少の者は隼人と一緒にここで、型通りに練習を続けていた。
「もう少し肘をしぼって、一歩踏み込む時体重をのせるといい」
胴着に汗をしたたらせながら、汗をぬぐって話しかけてきたのは沢田伊織だった。
言われたとおりに振ってみると、思ったより鋭い音で竹刀が空気を裂いた。
「うん、素直でいい剣筋だ」
「ありがとうございます」
森之介に言われたから見にきたというより、もともと面倒見のよい質なのか、次々と並ぶ少年に声をかけていく。
えい、と力をいれて振った途端、目の前を人がよぎった。
隼人が慌てるより先に、横切った主が剣先をつかんでいた。
「すみませんでした!」
「いや、こちらこそ前を通って驚かしたね」
相手は沢田より頭ひとつ高い、泉秋太郎だった。
鋭馬でも180くらいあるのに、この人は185はあるんじゃないだろうか、と隼人は推測した。
背が高いので今までよく見えなかったが、目元涼やかな顔で、現代ならば高校生か、と思う。
「力任せに振り抜くとすぐに疲れるし剣筋を読まれるから、腕全体を使ってご覧」
「はい」
「あと、声をしっかり出すと気合いが入る」
「はい!」
もっといろいろ質問したいのだが、言葉使いに気をつけねばと思うと、うまく話せない。
道場で教わるなら、この二人だと思うだけに余計である。
「石津、よそ見はいけねえな。集中しろ」
沢田に注意されてる声で、隼人は横目でそっちを見た。
――石津矢之助。
最初に道場に来た日、隼人を弱虫といったのは石津だった。
森之介たちにはそのことを言っていない。
言ったら短気な森之介のことだ、血祭りにするとか言い出しかねない。
「沢田、こっちを相手しろ」
次席の黒宮礼助に呼ばれて沢田がいってしまい、石津が隼人を再びじろじろ見だしたのに隼人は気がついた。
――泉さんが気付いてくれないかな。
あの長身なら道場の道場まで見渡せるだろう。
しかし頼みの綱の泉はほかの門弟の指導にかかりきりになっていた。
泉は五席、上達したい者たちが隙あらば稽古を頼むので小塚、黒宮、泉はほとんど休みなしである。
「豆腐みてえな野郎だな」
黒宮と小塚が話しながら道場の外に行くのを見ていた隼人は、いきなり声がして空振りした。
「おまえが秋良家のぼっちゃんかよ」
石津がいつのまにか隼人の横にきていた。
「いま、稽古中だ」
集中して竹刀を振っているように、隼人は前を向いた。
冬二郎は沢田相手に抜き打ちをかけていた、こっちを見る余裕はない。
森之介は――?探したかったが、石津はほとんど立ちふさがるようにして隼人の横にいて、道場の半分は見えなかった。
「いくら金を積んで贔屓してもらおうってんだ?こんなとこにきてないでお抱えのやっとうの先生に教わったらどうだい」
声をだして振った竹刀の先がぶれた。
手に汗をかいている。
「だんまりか?お上品だなァ。坊ちゃん、有馬や天瀬がなんて言われてるか知ってるか――?」
石津が言えたのはそこまでだった。
「この――卑怯者の恥知らずが!!!」
鋭い突きが石津の顔すれすれにとんだ。
わっと叫んで、石津が尻もちをつく。
森之介が、怒りに顔色を変えて仁王立ちしていた。
.
道場編再び。色々と武士でも階級で入れる道場があったり、こだわらないところもありますが、何しろ屋敷の外はしばらく道場なので、あえて色んな階級の人物をだしています。折々の立場はまた作中で出てきて千広がうんぬんいってくれるので、とりあえずこういう奴らがメインなんだな、という感じで覚えてもらえれば。なんで森之介も冬二郎も「あ」行の名字なんだ・・・この辺成長していない私。天瀬は冬二郎、有馬は森之介です、お忘れの方がいたら。武士の世界はいじめの世界でした。商家でも熾烈ないじめはありましたが(なにしろ店のヌシに命握られている上に衣食住も支配されて結婚もOKがでないと無理という世界。なので老年になっても独身という男性はゴロゴロ)江戸城での記録でも(個人の記録ですが)長い袴を後ろから踏まれるとか、弁当捨てられるとか、小学生か!みたいないじめ記録があります。履物が消えるのでいつもお供のひとに予備を保たせているのが普通だったひとも。トイレで押し込められてうん◯をされたという可哀想な人もいて、これはさすがに処罰がささやかにあったようですが、男だけの社会なので、なにぶんはけ口がないというか、町人より建前が多いせいでウップンはらしたろか、って人もいますね。忠臣蔵なんかはもう苛めから起きた事件ですが(作者の誕生日というw)あれは浅野の問題で吉良がいじめてたのは真実じゃないんじゃないかと私は密かに思ってたり。浅野が切腹させられたのは「殿中でござる」のやつで、江戸城で将軍以外が抜刀したらそれだけで罪なんです、だから死罪はもう当たり前というルール。当時の将軍は綱吉(生類憐れみの令のひと)で、色々問題があった将軍ですが、知的な人でもあったので、きちんと調べたすえの「お咎めなし」だったので、浅野錯乱説・精神を病んでた可能性もあります、被害者妄想というか、ストレスですね。なので主君が「遺恨があった」と主張したがために赤穂浪士は打ちいらないといけなくなったというか、「お家のために」何もしないわけにはいかず、吉良が苛めててもそうじゃなくても討ち入って死ななくてはいけなった運命だったので、大石内蔵助を始め、主君が抜刀したがために悲劇に巻き込まれたと思ってます。個人の解釈ですが。歌舞伎では面白くするために吉良が悪役ですが、あくまで物語なので、事実は闇の中。太平の江戸でも、ストレスは格差と共に存在していたわけですね。悲しいことですが。