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生まれ変わりだからって小学生を江戸に召喚するな。  作者: 相木ナナ
現代っ子、江戸の道場に投げ込まれる鬼修行のスタート
16/27

自分との戦い 01


「少しは慣れましたでしょうか?」



 千広ちひろにそう聞かれたのは、隼人が味噌汁の最後の一口をすすりこんだときだった。



 庭先には準備万端の鋭馬えいま森之介しんのすけ冬二郎とうじろうが隼人を待っている。


 秋になったとはいえまだ晩夏の蚊などが飛んでいるのを、横で給仕する千広が追い払っていた。



「昨晩もだんまりをなさっていたとかで佐江さえ殿も心配したようですよ。いかがあそばしましたか?」


 道場に行きたくない、と佐江に言えるわけがない。

 隼人も男のはしくれであるからには、叩かれるのが怖いなどとは言えなかったのだ。


 ゴホン、と鋭馬が大きな咳ばらいをした。



「緒方殿なにか?」


「いや、別に。そろそろ刻限かと」


「ご馳走様でした」



 すかさず森之介が履物を用意し、冬二郎は荷物を持った。

 隼人の機嫌の悪さを察知して、とりあえず千広から一刻も早く離れさせねば、という連携プレーらしい。



「じゃあ、行ってきます」



 千広の小憎らしいほど整った顔も見ずに、隼人は小走りに道場に向かった。


 といっても、本来は隼人の部屋から次の間、客の間、使者の間、詰め所などを通り抜けて玄関に出、門番のいる表御門おもてごもんから出るのが当たり前なのだが、庭に出たまま女中詰め所、居間、化粧の間を通りこして千広たちが住む中長屋をしり目に御裏御門から出ていくのが隼人の家を出るルートだ。



「鋭馬、なにかあれば報告を」



 千広を振り切ったと思っていた隼人は、足音もせずに後ろにいた千広に死ぬほどびっくりさせられた。


 険しい表情で、鋭馬を見ている。



「わかってるさ、千広が危惧することじゃない」


「それなら、任せるが」



 ふ、と息を吐いてくだけた口調で鋭馬を呼び捨てにした千広はいつもの冷徹な教育係に戻ってしまった。



「では、若様いってらっしゃいませ」



 ――そういえば、いとこなんだっけ。



 あまりに対極な二人のことで忘れていたが、血縁関係なのである。


 

 ――俺があっちからきたって秘密を、全員にバラせないもんな。



「付け加えると」



 鋭馬が隼人の内心を見透かしたように付け足した。



「うん?」


「佐枝は俺の妹ですが」


「えええ!?」


小夜島さよしま、緒方の一族は秋良あきら家の中でも一番古いですものね」



 そうすると、隼人は家族ぐるみでお世話になっているのだ。



「なにも珍しいことではないですよ。その代わり、誰か一人でも隼人様のことで失敗すれば一門が終わりです」



 ククと鋭馬が気楽に笑うが、隼人には笑いごとではなかった。


 隼人はまだ江戸の常識が半分もわかっていない。


 そんな隼人が大変なミスをしたら、家族単位の人に被害が及ぶのだ。



「そ、そんなのプレッシャーだよ・・・・・・」


「ぷれしやとは?」


「責任を感じるってこと」



 はあ、と鋭馬がため息をついた。

 森之介が後ろで、うめいたのはプレッシャーを覚えようとして冬二郎につねるか叩かれるかしたのだろう。



「若様、若様がたとえば裸で往来に出て大目付おおめつけの前で騒いでみる」


「しないよ!!大目付て?」


「たとえばの話です。大目付というのは大名家や旗本の言動を見張って取り締まるものです。それ以下のものは小人目付おこびとめつけに監視されています。だから若様を呼ぶために使われた十四夜じゅうしやとの取引が目付に見つかればお家断絶、と佐江からも聞いたのでは」


「うん」



 十四夜、別名は破鏡はきょうの黒蝶。久々にその名をきいた。

 祟りやの謎の男。



「裸で騒げば乱心したとして、石高こくだかを減らされて座敷牢にいれられ、秋良の家は跡目がいなくなる。断絶。屋敷のものは路頭に迷います」


「うん・・・・・」


「まあ一族であるとか、血縁であるというのはたいして意味がないのです」


「緒方さん!!なんということを」


「若様から見れば、という意味だよ、冬二郎」



 冬二郎の白い顔がさらに白くなったが、鋭馬に見下ろされて黙りこむ。 



「天瀬家も、有馬家も、小夜島家も緒方家も、秋良の屋敷と一心同体だという意味では、何ら立場は変わりはしません。それはすなわち、隼人様が我らを家臣と思ってくれれば全員が大きな家の一員なのですよ。責任を感じられるのは、致し方ないこと。しかしその責任は緒方の家だけではないということです」


「みんな家族ってことだね?」


「そんな・・・・・・恐れ多いことを・・・。隼人様、我々への心配などすることはないのです。主君であるということはそれだけで大きな義務であられます。わが身を第一になさいませ」


「ああ、冬二郎の言う通りだ。まだこちらに慣れてもいないのに、俺達の心配など」



 そうじゃない。

 ただの心配なのではなくて、隼人は自分に無防備なほど信頼をよせて命を預けてくれるそのこころが怖いのだ。


 だって隼人は、こんなにちっぽけだ。


 竹刀が怖くて道場にだって行きたくないのに、自分が下手をしたら隼人を心配するこんなにたくさんの人を死なせてしまうかもしれないのだ。



 誰かに仕えろ、といわれるより重い。

 支えてくれるひとたちを、隼人が守らねばならない。



 ――みんな、家族・・・・・・



「俺が困ったとき、鋭馬は助けてくれるんだよね?」


「当然です、わが身が及ぶ限りに」



 隼人が女の子だったら見とれていたに違いない笑顔で鋭馬が答えた。



「森之介は?」


「勿論!!主で友達だからだ」



 また背が伸びてきた森之介は、大人びた顔でしっかりと断言する。



「冬二郎は?」


「是非もありません。私がお仕えするのは隼人さまです」



 すぐに応じて、冬二郎は付け加えた。



「悪い家臣が隼人様をそそのかさないよう、見はらなければなりませんしね」


「おい、勘弁しろ。そういうのは千広の専門だ」


「緒方さんと森之介のお守りでは小夜島さまとて大変でしょうからね」



 あちらでは、隼人の家族は隼人とお母さんとお父さん、おばあちゃんだけだった。


 こっちでは、こんなに沢山の家族がいる。そう思えばいい。



「では、若様。また迎えに参ります」


 

 冬二郎と森之介を先に着替えにいかせてから、鋭馬はまたにっこりした。



「慣れれば、相手の足の運びが見え、剣尖が見えます。まずは己の内側の恐怖にのまれないことですよ」



 鋭馬には、隼人の弱気の中身がすっかりお見通しのようだった。


.

道場までの道行き。千広と鋭馬は母親同士が姉妹です。森之介たちからは語れないところを鋭馬に語らせました。大目付とかの説明はまた別の回で詳しく出しますが、まあぶっちゃけて旗本にもランクがありまして、大名や旗本の高い身分(石高)の取締は大目付、それより低い人たちは小人目付たちが取締ます。事件や不始末がないか見張っている人らですね。次回、再び道場です、

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