次の風 03
隼人、道場にかよう。
今日は、隼人が道場へ通う第一日目だった。
道場での挨拶の仕方や、礼儀作法などは何度も森之介と冬二郎に確認している。
それでも心細かった。
「せめて峰うちにしてくれないかな……」
「稽古ではそれで許されるかもしれませんが峰などめったに使わないですな」
先を行く鋭馬が笑う。
道場への行き帰りは鋭馬も一緒だと知って、隼人は少し元気がでた。
屋敷では隼人からしたらボスのような存在感の千広も、正式に跡目をついでいないので隼人のお付きにはなれないらしい。
近習は、殿の護衛も兼ねているが用人はあくまでも屋敷を取り締まり、身の回りまで世話してサポートをするので、跡目をついだとしても、付き添っていることはあっても護衛とはまた別だ、と教わった。
「あ、そうか。峰うちってやらないんだよな?」
「勿論。峰は刀の一番脆い部分。そこで打てばどんな名刀でも折れます」
あっちでやっていた時代劇や剣豪アニメで「峰うちで勘弁してやる!」というのは誤情報であるらしい。
隼人は知らないことだが、当時ヨーロッパなどの他国の剣と比べても日本刀の切れ味と強度は一番だという。
しかし、その分峰が弱く、峰で打ったりすれば簡単に折れてしまうのだ。
竹刀や木刀では可能だが、真剣勝負の場合自殺行為だ。
「いきなり強い人と試合とかしないよね?」
高弟の名前は数人きいて、頭の中に叩き込んである。
おもに、怖い人と聞いた人を特に。
「稽古をつけてもらっても、いきなり試合などしませんよ」
「そうです。今日試合があるのは森之介だけですから」
励ますものの、森之介も冬二郎も心配そうだ。
道場に入ったらおおっぴらにかばうことができないのである。
千広が防具が徹底した直心陰流の道場を検討していたが、場所が遠く、断念して結局森之介らが通う道場に決まった。
誰も知らない場所にいかせるよりは、まだましだと考えたらしい。
「臣下がいく道場にあわせる」のでは世間体が立たないので、「主君が通う道場に臣下も通うことにしたが、病気で入門が遅れた」という前触れつきで。
「先生はあんまり稽古場にいないんだよね?」
「神名先生もご高齢ですから、指導は小塚師範代と次席の黒宮さんがほとんどです」
「大丈夫だ、俺が沢田さんに根回しした」
森之介が少し自信ありげな発言をした。
「根回し?」
「先生や師範代には『体調は快復したが家老直々に無理がないよう申しつけられてる。高熱によって記憶が曖昧になっておられるところもあるから、ゆっくりと指導させられたし』でしょう?沢田さんには、隼人様は優しい気性の方だからなるべく黒宮さんや兵堂さんには当たらないように、沢田さんが稽古を率先して見て貰えないかって」
「それは、やりすぎだろう。隼人様が道場で見くびられたらどうする」
冬二郎の涼しげな目元が怒る。
「でも、沢田さんなら……」
鋭馬が、軽く森之介の頭をぽかりと叩いた。
「あまり主に恥をかかせるんじゃない」
――分からないな……。
隼人には、森之介の気遣いが嬉しかった。
森之介たちの話を聞くと、沢田さんという人は優しくて明るい人だそうだから、そういう人にあらかじめ話をしておいてくれたほうが隼人はありがたい。
だから冬二郎や鋭馬の反応に、思わず言いかけたありがとうという言葉がひっこんでしまう。
「若、恥ずかしい思いをさせましたな」
鋭馬がたれ目ぎみな目を隼人に向けて、隼人は困る。
長身には幅があり、優しい目をしている鋭馬からは時折、いい匂いがする。
隼人はみかけたことはないが、煙草のみだそうだ。
現代にいてもさぞモテるんだろうと思う、なんとなく迫力のある美男子の鋭馬に見下ろされると、否定できずにうつむくしかない。
お礼をいうのは、駄目なのか。
道場について、鋭馬が先に挨拶にいき、冬二郎が胴着にいくのを見送って、続く森之介の袖をひっぱって呼び止めた。
「あのさ、俺は嬉しかったよ。自信なかったから森之介が先に言っておいて助かった」
森之介がようやく、ちらりと白い歯をみせて笑う。
肩を撫でおろすと、隼人の肩を叩いた。
「今日の試合、頑張りますから、見ててくださいね」
見ててくれ、といえる森之介の自信が、羨ましい。
「森之介、二人なのにまた敬語」
「あ、いけねェ。じゃあ、隼人、着替えようか?」
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さて、道場編です、この辺から文章荒くてもう恥ずかしい・・・。書き直したいけど、もうどうにもならないレベルっていうね。やっとみねうちの話がでました。真剣でみねうちは折れるんだっていう話ですね。作中でも書いてましたが当時の剣の中では日本刀の強度は最強だったそうで、ヨーロッパではフェンシングで使うような細身のものが多く、あれはもう折れる前提というか。その辺、強度は一番でも弱いのは峰だったのです。だから竹刀では使えても実践向きではなく、実践から遠ざかったからこそ「みねうち」が浸透して間違った広まりをしてしまったのではないのかと思っています。鋭馬たちが「恥」ということはどういうことなのか、これは隼人も今後も課題となっていくことなので敢えて触れませんが、読んでいくうちに伝わればいいなぁと思います。森之介と冬二郎は既にして立ち位置が違ってきています。でもどちらが正解とも思えないのですよね、それぞれ信念があるのですから、敢えて其の上で反対の性格なのです、その辺鋭馬と千広も同じですかね。