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生まれ変わりだからって小学生を江戸に召喚するな。  作者: 相木ナナ
鬼の指導係と友達と、妹が出来ました。
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次の風

隼人が外にでた。

 天瀬冬二郎は人を待っていた。



地面を巻きあげる風は少し冷たい。



年がそれほどかわらない主君に春に仕えてから、秋を迎えていた。



 待ち人は緒方鋭馬おがたえいまといい、冬二郎とうじろう森之介しんのすけの父親と同じ秋良あきら家の近習組に勤めている男だが、珍しいものが好きで型破りなことで有名だ。


緒方は小夜島千広さよしまちひろとは従兄弟同士なこともあり、屋敷で唯一千広とざっくばらんな会話ができる男でもある。



「すまない、待たせたか」


「時間がかかられましたね」



 人好きのする穏やかな目で笑う鋭馬の後ろから、ひょいと顔がのぞく。

冬二郎の主君、隼人だ。

 


「ごめん、冬二郎。全部自分で着たから時間かかった」


「簡単に謝られてはいけませんよ」



 森之介は父親と共に出かけており、のちほど合流する。


 冬二郎と森之介は無楽流指南むらくりゅうしはんの道場に通っている。

しかし、千広は無楽流は隼人には厳しいのではないかと他の道場を見学させにいっているのを、冬二郎も聞いていた。


 今日は隼人が食べたいといっていたうな重か天ぷらそばを鋭馬えいまの案内で食べに行こうという、お忍び企画であった。

冬二郎はそのお供だ。



 旗本はたもとの若君が外出するのにお供一人は、ありえない。

お忍びであっても二人は必ず必要だと説明しても隼人は不思議そうだった。


「暴れん坊将軍なんて、ひとりでうろうろしてたよ?」


 あちらの世界にはてれびというものがあって、絵などが動くのだと説明されても、冬二郎たちは絵草子の絵が左右に動いたりするくらいしか想像できない。

ともかく「暴れん坊将軍」など不届きな名前をださないようにと千広から扇子をくらった隼人を、あとでこっそりと慰めた。



「緒方さん、どちらまで行くのでしょうか」


「両国橋のほうまで出てみるか?若がへばらなきゃな」


「へばらないって」



 問題は、隼人がすぐ立ち止まってしまうことだ。


着物の裾捌すそさばきがまだ下手なことと、往来おうらいのにぎわいに驚いて目をみはったまま棒立ちになってしまうのだ。


 道行く棒振りは声を出しているし、ひっきりなしに荷物をのせた大八車だいはちくるまや、走っていく飛脚ひきゃくなどが立てる音にも、次の日隼人は頭痛がしていたほどだ。



「両国橋などいったと小夜島さまに知れたらことではないのですか」


手妻使てづまつかいを見たとかいわなければ、大丈夫さ」


「手妻って・・・・・・マジッ・・・・・・火吹いたり不思議なことができる芸人のひとだろ?こないだ習った」


「見たいですか?」


「見たい!」



 主君は、素直だと冬二郎は思う。


ひどく気を使い、世話されることに時折竦んだ様子を見せるが、こちらが驚くほど無頓着に将軍家の話やバテレンの話をしたりする。


 何回説明しても、身分ということに納得がいかないのか頓着しないのか、うやまわれるのを嫌う。



 何故、御前様はあちらの世界からこの方を呼び寄せたのだろうか…………。


 きっと隼人の家では、神隠しだと騒いでいることだろうし影も形もないのだから死んだと思われても、葬式もあげられない。


だがなにより、隼人の口からはあちらの物に対しての話はあっても親兄弟の話は出てこないのも、冬二郎には不思議だった。


 寂しさをみせまいとしてより、思いをはせることがないような様子に、こちらから切り出しもできずに様子を見るしかない。



「冬二郎は食べたことある?」


「いえ、あいにく」



 冬二郎は苦笑した。


前髪の侍の子がそのへんの屋台で飯は食べれないということを、隼人はまた失念しているらしい。


成人している森之介が道場の帰り、気の合う年長の者のおごりで安い屋台にいったことがあり、その話は興味はあるのだが。



「そっかー。食べてるのは鋭馬だけ?」


「さぁて、答えていいものか」

 


 台所係り、うまや、門番の下男や若党わかとうなどは、そういった店をよく利用している。


 緒方と同役の父親も、外で酒を飲んだりして食べたことはあるに違いないのだが、本来褒められた話ではない。

若君である隼人にどこまで教えていいものか、と思わず迷うところだ。



緒方はひょいと木戸番きどばんに寄ると、なにかを受け取って金を渡す。



「さつまいもはいかがかな」


「わあ、焼き芋だ」



 冬が近くなると、木戸番がこづかい稼ぎにやきいもなどを売るところが多い。

本来街中での火の使用は厳しく取り締まられているのだが、役人も金の力で黙っていることが多い。


 隼人もさすがに焼き芋の食べ方は知っていると見えて、二つに折ると片方を大雑把に皮をむいてぱくりと食べた。



「はい、冬二郎」



 もう半分を差し出されて、冬二郎は困惑した。


素振りをしたあと隣に座られたりするときと同じ、隼人が振る舞うあちら風、らしい行動だ。



「隼人様、あるじが先に食べてから臣下にものを下さるのは……」


「う、そ!?半分こってもしかしてダメか?」


「駄目ということではなく、臣下には鬼役おにやくというものもあるぐらい。先に食すのが義務だな」


「おにやく?」


「毒見役だ。もしこれが知らない人間から貰ったものなら、まず冬二郎が食べて安全を確認しなければいけない」



 目に見えて、隼人は嫌な顔をする。

千広が同じような説明を繰り返したときも、同じような表情をしている。



「あるじ第一なのですから、当たり前なのですよ」


「そういうの、嫌だな……」


「もし、それで隼人様に大事あればお家断絶、知行三千石が消え、私どもは腹を召さなくてはならないのですよ」


「はらを、めすって……」



 また、泣き出しそうな顔をされるのは分かっていたが、隼人が自分の命を冬二郎たちと一緒だと思っているままではいけないのだ。



「切腹です」



 やはり、隼人は芋をほうばったまま、ほとほとと涙を落す。


 その背を、緒方がそっと押した。


「さあさあ、お家大事の話はまた後にしようか。土用どよううなぎとはいかないが、精をつけないと千広とやりあえんだろう」



 また歩き出した、その小さな背中を冬二郎はじっと見た。


隼人のその背中に、近い将来冬二郎を含めた多くの人間の命と役割が背負わされる。


その背中に。


.

初めての外出は、久々に隼人視点ではないものです。そして新キャラ緒方。無楽流というのは作者の創作です。色んな流派の型や当時の道場などを散々調べたのですが、いいなと思っても、当時は防具なしとか、防具あっても流派の説明が少なすぎて資料に困ったりして、オリジナルとなります。密かに色んな流派を混ぜたなんちゃって流派ですが、しょうがないなーと思ってやってください。

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