もう一人の隼人 03
食べられないと食べたくなるのがジャンクフード
03
次の日、隼人は寝坊した。
佐枝が優しく揺さぶって起こしてくれたのだが、あまり寝付けなかったせいで、唸ったまま薄い布団にしがみついていると、朝ご飯を持った千広が登場して蓑虫化した隼人を踏んづけたのだった。
「踏むか?普通?」
「まさかあのような時刻まで就寝なさっているとは思いませんでした。もう身支度も終えて、お腹をすかせて私の登場を今か今かとお待ちになっているだろうと……違いましたか、何か?」
たくさん違う。
しかしそれを言えば次は扇子が飛ぶので、隼人は黙って米を噛んだ。
隼人の寝坊でスケジュールが押しているのか、竹刀を持った森之介たちも座敷の外に控えている。
塩のさじ加減が違うのか、いったいに江戸のものは現代より味が薄いものが多い。
素朴といえばそれまでだが、こうも続くと、あんなにいやいや食べていたハンバーガーやレンジでチンするレトルト食品、カップめんが恋しくなる。
「照り焼きバーガー……ポテト……コーラ……ナゲットに、マスタードソース、ピザ、ラーメン、カルボナーラ、ミートスパゲッティ、オムレツ、カツサンド………」
呪文のように現代食の名前を並べてみる。
千広に爽やかな笑顔で頬をつねられて、隼人は仏頂面のままじっとりした目線でその顔を見返す。
「わかったよ……漢字の言葉使えばいいんだろ?麻婆豆腐……回鍋肉……餃子……棒棒鳥炒飯……」
庭で森之介が冬二郎に背負い投げされてるのは、また例のごとくメモしていたに違いない。
「隼人さま、呪詛はお止め下さい。でないと、やりますよ?」
(何をだよ!?)
怖すぎて聞けるわけがない。
小夜島千広、優雅な笑みの魔の使者だ。
「……あー…ったく、せめて和食でも鰻重とか天ぷらそばとかさー………」
何気なく言った隼人は、自分のその台詞が無意識に激しい衝撃波を放ったのを見た。
「いま、なんと?」
「うな重とてんぷらそば?」
初めてみる千広の動揺に、隼人は困惑した。
和食だろうと思ったのが、違ったのだろうか。
「そういうの・・・・・・ここにないの?」
「ございますが・・・・・・」
千広が咳ばらいをした。
「武士は普通そのようなものを食しません。普通は」
千広の念の押し方は、大晦日に夜更かしするなという親の忠告に似ている。
どうせ守れないだろうけど言っておくから、という雰囲気だ。
「食べるひともいるってこと?」
「下級武士や浪人などは屋台で食べたり致しますが、庶民の食べ物。屋敷にもってこさせて窓からざるで受け取る不埒ものなどもおりますが、例外中の例外です」
千広の後ろで、森之介と冬二郎が一瞬あっという顔をして互いの顔を見ている。
ということは、この秋良の屋敷にも「例外」がいるのだろう。
千広のしかめっつらからも、充分その香りがする。
「千広は食べたこと、ないんだよな。もちろん」
「ございません。知行3千石秋良家の用人の子として生まれて、そのようなものは口にしたことはございません」
「・・・・・・食べたいなぁ・・・・・・」
無駄を承知で言ってみる。
それにしても現代ではうな重などは高いイメージだったのに、江戸では武士は食べるべからず、というのには隼人は驚きだった。
「小夜島様・・・・・・」
「緒方さんにお願いしてはダメでしょうか?」
滅多に隼人に賛成してくれない冬二郎も口を添えてくれたからだろうか、千広はしぶしぶ頷いた。
「いずれ外歩きを経験なさるときにも、私が付き添えるとは限りませんから、この機に呼ぶしかないでしょうね」
やった、と叫びそうになった隼人に千広が笑顔を向ける。
「素振り100回、素読を100回やったあとですよ」
ご馳走までの道は、遠い、ようだった。
.
知行三千石なのですが、ルビがかぶさってくるので3にしてしまいました。正しくはないですが、ご了承を。隼人がぶつぶつ言っておりますが、隼人の現代の家ではレトルトパックもののご飯が多かったので、化学調味料慣れしているのですね、舌が。添加物なんかない江戸では味が物足らないのかと。オーガニック食事をしている人ならまだ違和感は少なかったかも。江戸は油もそもそも質が悪いですし、匂いもありました。料理に砂糖を使うこともなかったので(そもそも砂糖がレア)煮物も野菜の甘み。野菜も品種改良されたものを食べているので、色々味も違います。
そして新キャラの名前が出ました。こういうのは本来は江戸の中間さんなんかがやっていたそうです。お酒やら食べ物をざるでいれてもらって、それを屋敷の中に入れて、お金を渡すという。売る方も心得てるので、いわゆる盗み食いといいますか・・・武士は喰わねど、とはいえいつの時代もルールの穴というのはあるのですよね。