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第四騎士団南支部祝賀会、開宴!

「皆、知っとると思うが、先日の騎士対抗戦は、第四騎士団の大勝利だった。南支部から参加したレオンとジェイドも大いに活躍してくれたそうだ」



 皆からの視線を一身に受ける男。名をガイザル・ヨレーンと言う。南支部の総責任者である支部長職に就いている。

 短く切りそろえられた白髪と目元に大きな傷跡のある皺だらけの厳つい顔。現役を離れて十年が経つが、衰えを感じさせない大きな身体は、「今も現役だ」と言っても通用しそうである。



「今頃、第三騎士団は悔し酒だろうよ。いい気味だ、がはははっ!」

「支部長がそんな事を言うもんじゃありませんよ」



 大きな口を開け、豪快に笑っているガイザルに注意したのは、副支部長のセシルオだ。

 長い藤色の髪を後ろで三つ編みに結い、切れ長の青い瞳は眼鏡で縁取られ、あまり笑う姿は見せないが、爽やか美男子のレオンとは正反対の、涼しげで落ち着いた空気を纏う美男子である。彼は、その頭の良さで皆から頼りにされ、豪快で大雑把な性格のガイザルを上手く操ってもいる。



「そんな固いこと言うなよ、セシルオ。今日は祝賀会なんだぞ! さあ、お前ら! じゃんじゃん飲めぇええ!」



 酒の瓶を掲げ、声高らかに叫ぶガイザルの姿を眺め、セシルオは大きなため息を吐く。まだ酒は飲み始めていないというのに、このテンションである。この先のことを考えるだけで、恐ろしい。



「第四騎士団の勝利を祝って、かんぱーい!」



 ガイザルの言葉を追って、テーブルを囲む竜騎士隊達の口から「かんぱーい!」と声が上がった。それを機に、ガヤガヤとその場が賑やかさを増していく。


 身体が資本である彼らの食欲は尋常ではない。特に、若いアレクやジェイド、エドワードは、酒瓶を片手に勢いよくご飯をかきこんでいる。

 そんな三人を横目に、ミリアは自分のペースでゆっくりと食事をし、ガイザルやセシルオ、ニコラス、レオンの大人組は酒をメインに楽しんでいた。



「ジェイドさん。対抗戦の事、もっと詳しく教えてください」



 待ちきれない様子で左隣に座るジェイドに話しかけたのは、新人竜騎士のアレクだ。一人前の竜騎士になることを目指すアレクにとって、騎士対抗戦は憧れの舞台である。どんな戦いをしたのか、相手はどうだったのか、気になることがあり過ぎる。



「ミリアさんも知りたいですよねーーって、ミリアさん? なんでそんな離れてるんですか?」

「私はいいわ。もう教えてもらったし」



 そう言いながらミリアはグラスを傾ける。彼女の動きに合わせ銀色の髪がサラサラと揺れ、グラスを見つめる瞳は憂いを帯び、儚く消えゆく女神のようだ。まさに、絵になる程の美しさ、なのだが、異様な程、隣であるはずのアレクと距離がある。ざっと目測しただけでも間に三人は座れるだろう。

 ミリアの怒りを買うようなことをした覚えのないアレクは、ある考えにたどり着き反対側へと顔を向けた。



「ジェイドさん……なにかありました?」

「あーうん。ちょっと警戒されてる?」



 若干眉尻を下げ、はははっと乾いた笑いを零すジェイドの言葉に、アレクは唖然としてしまう。



「警戒って……まさか」

「勘違いしないでくれよ? ただ気持ちを隠さなくなっただけで、変なことはしてないから」



 こうなることは想定内だし、と言いつつも、どこか悲しそうな笑みを浮かべるジェイドに、アレクはなんと言えばいいのかわからず、向かい側に座るエドワードに助けを求めるような視線を送る。

 だが、エドワードはアレクと目が合っても首を僅かに横へ振るだけで、何も言ってはくれなかった。それは、まるで心配ないと言っているようだ。



「まぁ、最初は警戒されても仕方ない。とは言え、こんなに離れてるのは悲しいからね……」



 ボソリと呟いたジェイドは、アレクの陰から出るように身体を後ろへずらし、声を張り上げた。



「ミリア! 実は、対抗戦の時、支部によってスティアドラゴンが少し違って見えたんだ。気候とかが関係するのかもしれないけど、ちょっと意見を聞かせてくれよ」



 ジェイドの声にミリアはピクリと反応し、ゆっくりと顔をジェイド達の方へと向けた。表情は先程までとなんら変わりがないように見えるが、青い瞳は彼女の心情をありありと映し出す。



「ふふふ。やっぱり可愛いな」



 隣から聞こえてきた言葉に、アレクは思わず口元を引きつらせ、エドワードへと視線を移した。まだ、アレクは南支部に来て日が浅い。そのため、先輩竜騎士達の人柄も全て把握しているわけじゃないのだが。



「ジェイドはコツコツ努力して、必ず目標を達成する男だ」

「……ほお」



 淡々と答えるエドワードの言葉に納得したのか感心したのか、アレクは曖昧な返事をすると、席から立ち上がる。

 自分が今すべきことは、ジェイドの邪魔をしないことだろう。アレクは対抗戦の話は今度聞こう、とミリアのために席を移った。


 先輩ジェイドへの気遣いを見せる後輩(アレク)の様子を、エドワードは口元を緩めつつ黙って見守る。

 そんなエドワードの目の前に、ドンっと音を立て大きな酒瓶が置かれた。僅かに目を見張ったエドワードの翠の瞳が、酒瓶を握る手の持ち主へと向かう。そこには、満面の笑みを浮かべるニコラスがいた。



「以前貰ったやつなんだが、銘酒らしい。エドワード、飲まないか?」

「……あ、はい。いただきます」



 いつもと変わらぬ落ち着き払った返答のエドワードを他所に、周りではガイザルやレオンが銘酒の登場にテンションを上げている。けれど、ニコラスは二人を無視するように、エドワードのグラスに酒を注いだ。



「ちょっと二人は待ってなさい。これは、この前の礼なんだから」

「この前?」



 礼をされるようなことをした覚えのないエドワードは、グッと眉間に皺を寄せ、誰もが恐れるだろう表情を浮かべた。

 だが、ニコラスに怯える様子はない。いや、正確には、南支部にエドワードの顔を怖いと思う人などいないのだ。それは皆がエドワードの性格をよく理解してるからと言える。



「ほら、この前、美味しいお菓子屋さん……『リトス』って言ったっけ? 教えてくれただろう? あそこの菓子買っていったら、メイが喜んだから」

「ああ。それならよかったです」



 ふっと目を細めたエドワードに、ニコラスも笑い返す。



「って、おい。なんで隊長には店のこと教えて、俺には教えなかったんだよ!」



 穏やかな空気が流れる二人に割って入ったのは、銘酒を貰おうとニコラスの横で順番待ちをしていたレオンである。その表情は完全に不貞腐れていた。

 エドワードは心底面倒な顔をする。



「レオンさんは見境がない。その点、ニコラス隊長は安心です」



 エドワードの台詞に、誰も「何が?」とは聞き返さない。それどころか、皆、納得したように頷いているくらいである。

 唖然としていたレオンの肩に、ニコラスの手がそっと乗る。



「日頃の行いってやつだな。諦めろ、レオン」

「諦めろってなんすか。大体、可愛いと思った女の子に声かけて何が悪いんだぁ! 俺はただ女の子が好きなだけだい」



 やけくそのように叫んだレオンに、皆が可哀想な人を見るような視線を送る。顔も竜騎士としての実力もトップクラスなのに、性格が残念すぎる。

「それにーー」とうだうだ愚痴り出したレオンをセシルオが回収していく。そんなレオン達を見送ったアレクが、気になったことを口にした。



「あの……メイ、さん? って誰ですか?」

「あぁそっか。アレクはまだ会ったことないよね。メイちゃんは、隊長の面倒を見てくれてるーー」

「面倒を見てるのは俺だ!」



 にこやかな笑みでアレクの疑問に答えていたジェイドの言葉にニコラスがつっこむ。

 ニコラスの勢いあるツッコミに、驚いていたアレクへミリアが補足をするため言葉をかけた。



「メイちゃんは、この前まで隊長と一緒に暮らしてた女の子よ」

「一緒、に?」

「おい、ミリア。それじゃあ更に誤解するだろうが。メイは小さい頃に俺が引き取った子で、今は調理師になるため働いてるんだ。この料理だって、メイが働く店で買って来たやつなんだぞ」



 どこか誇らしげなニコラスは、父親が娘の自慢をしているようにも見えた。



「結構な人気店なのよ。そういえばこの前、ヘレインと二人、ドラゴンを語る会で行ってきたわ」

「……ドラゴンを語る会、ですか」



 スティアドラゴン好きなヘレインとミリアが語り合う会。なんだかすごい熱量そうだな、とアレクは苦笑いを浮かべる。



「凄く盛り上がったわ。ああ、そうだ。その時の帰り、しつこい男達に話しかけられたの」

「え?」

「あの時は私がいたから一捻りだったけど、ヘレインに気をつけるよう言っておいて……聞いてる、アレクくん?」



 反応がないことを不思議に思ったミリアが顔を上げると、アレクが険しい顔で黙り込んでいた。思わずミリアはジェイドに顔を近づけ、小声で話しかける。



「私、なにか不味いこと言いました?」

「いや、大事なことだから大丈夫でしょう。ヘレインさんの安全が確定されたと思うしね。それと、ミリアが強いのは重々承知の上だけど、ミリアも気をつけろよ?」



 コソッと返されたジェイドの声が耳にかかり、ミリアは慌てて身体をジェイドから引き離す。ジェイドに他意はないだろう。近づいたのはミリアからである。

 だけど、必要以上に意識してしまい普通ではいられず、女扱いだって嫌だった筈なのに、笑い飛ばす余裕もない。ミリアは顔の熱を誤魔化すようにグラスのお酒を一気に飲み干した。






 空の酒瓶が至る所に転がる頃には、食堂の端でミリアの審判の元、アレクとジェイド、エドワードの三人が指先で身体を支え、腕立て伏せの回数を競い始め、ガイザルとレオンは肩を組み合い、歌い出す。唯一まともなのは、竜騎士の在り方について語るセシルオの長ったらしい話を聞かされているニコラスだけだ。



「よぉし、レオン。活躍した褒美に何が欲しい!」



 ガイザルはバシバシッと大きな音を立て、レオンの肩を叩く。問われたレオンは、考える間も無く「おんなぁああ!」と叫んだ。

「いいぞ、いいぞ」と乗り気な様子のガイザルの横で、無邪気な笑みを浮かべるレオンの頭を、呆れた眼差しを向けながらど突いたのはニコラスである。



「お前、あんまり女性を敵に回すようなことばかりするな」

「そうですよ。女性は大切に扱わねば」



 ニコラスの意見に賛同するようにセシルオが頷けば、皆一斉にセシルオへ、なんとも言えない表情を向けた。



「セシルオ副支部長だけは言っちゃいけない台詞だと思いますけど」

「……告白してくる女性を片っ端からフリまくりだからな」

「私、何度か泣いて走り去る女性を目撃したことがあるわ」

「さすがセシルオ副支部長ですね」



 いつの間にか競い合いをやめていた食堂の端にいる四人に、セシルオは満面の笑みを向ける。その笑みを見た四人は、無意識に背筋を伸ばした。



「私は、今、女性を必要としていないだけです。何か問題が?」



 顔が整っているが故なのか、セシルオの笑顔が、全く笑っているように見えない。百戦錬磨の竜騎士達も、セシルオに逆らうという選択肢はないのか、ただひたすらに首を横に振っていた。

 そんな哀れな四人の姿に、ニコラスは苦笑いを浮かべつつ、パンパンッと手を叩き、皆の注目を集める。



「んじゃ、そろそろお開きにするか」



 もうすでに食べる物は無くなっているし、酒も尽きかけている。第四騎士団の竜騎士に休みはない。何故なら、数が少なく、いつ魔獣が暴れ出すかもわからないからだ。

 皆で飲み合うことも、祝賀会などがない限り、実現などしない。この祝賀会だって、各支部で日取りを決め、祝賀会が行われる支部の守る地域をカバーできるよう予め手が打たれているのだ。


 大事な仲間と好きな時に気兼ねなく酒が飲めず、家族よりも仕事が優先で、ドラゴンの世話だって代わりはいない。酒だ女だと騒いでいるが、明日も同じ光景を見ることができる保証などない。

 これが竜騎士達の当たり前。


 今度、皆で酒を飲めるのはいつになるだろうか、とニコラスはしみじみ思う。こんなにも個性豊かな集団だが、なんだかんだ居心地が良いのだ。

 ずっと共に戦っていきたい、と感傷に浸っていたニコラスだったが、そんな時間はあっという間に奪われる。



「うわっ、隊長! レオン副隊長が!」

「どうした!?」



 アレクの声にニコラスが振り返れば、レオンが真っ青な顔をして口元を押さえていた。



「うぐ……ぎもぢわるい」

「お前は飲みすぎだ! アレク、水持ってこい!」

「はいっ!」



 水を取りに駆け出したアレクの行く先では、ガイザルが未だに大笑いをしながら酒を呑み続けており、その隣に座っているセシルオはエドワードを捕まえ、再び長々と語り始めている。ちなみに、エドワードは酔っていてもいなくても、終始言葉数が少なく、ぱっと見ただけでは酔っているのか判別できない。

 少し視線をずらせば、ジェイドとミリアがトレーニング方法について熱く語り合っている……というより、言い合いに発展しているようにも見える。



「……ったく、どいつもこいつも」



 ニコラスは肩を落とし、苦笑いと共に小さく息を吐いた。

『自由人』とは、まさに彼らを指す言葉と言えよう。



「こんばんはー。そろそろレオンが倒れる頃かと思って来ましたよぉ」



 突如、部屋の入り口から顔を覗かせたのは、プラチナブロンドの長い髪を後ろで無造作に纏め、怠さを隠しきれていない紫の瞳に眼鏡をかけた女性だ。



「おっ! 助かったぞ、セリーヌ。良いタイミングだ」

「いや。完全に最悪なタイミングですよね」



 ニコラスの言葉に思わずため息を零したセリーヌは、女性らしい大きな胸の前で腕を組んで、レオンに冷たい視線を送る。

 彼女は、南支部に常駐している医師で、レオンと同時期に南支部へと配属されたので、レオンと付き合いが長い。そのためか、容赦がなかった。



「そんな目で見るなよ、セリーヌ。いや、ほんと……死にそう」

「どうせまた支部長と飲みくらべしてたんでしょ。勝てるわけないんだから、そろそろ理解しろ、馬鹿」

「いいや。どんな勝負でも、勝ちにこだわーーうっ」

「あー、はいはい」



 赤くなったり青くなったりと忙しいレオンを一瞥したセリーヌは、ニコラスにレオンを医務室へ連れていく、と伝える。飲み会の後は大抵このパターンなため、ニコラスは若干申し訳なく思いつつも、水を持って来たアレクにレオンを運ぶ手伝いをしろと指示を出し、レオンのことはセリーヌに任せた。


 一度部屋全体を見回し、ニコラスは大きく息を吸い込む。食べ物の残骸に空の酒瓶、自由奔放な竜騎士達。まだまだ祝賀会終了までの道のりは長い。



「さぁて……どっから片付けるか」



 ニコラスは腕まくりをすると、一先ず片付け要員を確保するため、言い争いというより、戯れているようにしか見えないジェイドとミリアの元へ向かうのだった。

《登場人物紹介》



【第四騎士団南支部 支部長】

ガイザル・ヨレーン(50歳)

白髪に青目、目元に傷跡がある厳つい顔立ち。

豪快と言う名の大雑把な性格、唯一の既婚者。

元竜騎士で、ニコラスが新人の頃の竜騎士隊隊長であった。



【第四騎士団南支部 副支部長】

セシルオ(38歳)

藤色の長髪を後ろで三つ編みにしている、碧眼、眼鏡の美形。

頭が良く、腹黒で、ガイザルのお守り役。

竜騎士だったが、訳あって引退した。



セリーヌ(28歳)

プラチナブロンドの長髪を後ろで纏め、紫色の瞳に眼鏡をかけた、平凡な顔立ちの女性。

南支部の医務室で医師として働いている。

姉御肌で、自分の事はあまり気にかけない性格のせいか婚期を逃す(今ではそれすらネタにしている)。

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