表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

君はライバルであり……

 南支部のあるチリカとは比べものにならないほどの活気で溢れている王都。どこに目を向けても人ばかりで、その人の多さに酔いそうになってくる。

 それもそのはずだろう。今日は二年に一度の騎士対抗戦が開催される日なのだ。


 王都は観光客で溢れている。そのほとんどが午後から行われる第三騎士団対第四騎士団の試合を楽しみにしているのだ。彼らの一番の目的はドラゴンと竜騎士に他ならない。

 グラン王国でしか見ることのできない、人と共存しているドラゴンを一目見ようと他国からも多くの人が集まっていた。



「ようこそグラン王国へ。もしよかったら対抗戦が終わった後にお茶でもどう?」

「えぇぇ、どうしよっかぁ」



 きゃっきゃっと弾んだ声を上げる女性二人に渾身のキラキラスマイルを向けているのは、赤地の騎士服を身に纏ったレオンである。対抗戦を観戦するために演習場近くを歩いていたのだろう女性達は、レオンの纏う騎士服を見て竜騎士だとわかったのか、レオンの顔立ちも相まって、満更でもない様子で頬を染めていた。



「はぁ……あの人は」



 疲れを帯びたため息を溢し、肩を落としたジェイドは、無言でレオンに近づくと、レオンの腕を掴み、引っ張るようにして女性達から引き離す。



「お、おい。今いい感じでーー」

「何がいい感じですか。これからウォーミングアップですよ。道草してる暇なんてありません」

「道草とは失礼な。俺は観光客をもてなすためにだな」

「おもてなしは騎士の仕事じゃありません」



 引きずられながらも「また機会があったら〜!」と女性達に手を振っているレオンを一瞥し、ジェイドの口から再びため息が落ちる。

 こんなんでもレオンは第四騎士団のエースなのだから、目標にすべきなのか判断に迷うところだ。



「それに、ウォーミングアップだってまだ早いだろう。ジェイド、お前……何焦ってんだ?」



 淡々とした口調のレオンの言葉にジェイドは足を止めた。その隙に体勢を立て直したレオンは、ジェイドの隣に並び立つと、ある一箇所に視線を向ける。



「あれが関係してんのかな」



 二人の元へと向かってくる真っ白な塊。金の刺繍を施した白地の騎士服を纏う集団は、爽やかな笑顔を辺りに振りまき、颯爽と人混みの間を歩く。

 彼らを囲む観光客たちの口からは、声援や悲鳴に近い叫び声が発せられ、一気に空気は彼ら一色に染まった。


 その様子を黙って見つめるジェイドの横では、レオンが「すごいねぇ」と皮肉げな笑みを浮かべている。

 先程の女性達もレオンに声をかけられ喜んでいたが、彼らの人気はその比ではない。その証拠に、レオンに声をかけられていた女性達は、白い騎士服の集団ーー第三騎士団の周りで黄色い声を上げていた。


 第三騎士団の先頭を歩いていた騎士の一人が、ジェイド達に気づきニヤリと笑う。

 後ろに撫でつけられた金髪は、太陽の光を浴びてキラキラと輝きを増し、細められた橙色に近い瞳は自信で溢れている。中性的な美しさを持つ彼のために作られたのではないかと錯覚させるほど白い騎士服を着こなす男に、ジェイドは他者には向けることのない冷たい眼差しを送った。



「お前の兄貴はいつ見ても嫌味ったらしいやつだな。なんであんなやつがモテんだ。俺の方がかっこいいだろう?」

「……まぁ、僕はレオンさんの方が好きですよ」

「男に好かれてもなぁ」



 第三騎士団一色の空気の中でも普段と変わらぬ発言を続けるレオンに、ジェイドは思わずふっと笑いをこぼす。強張っていた身体から力が抜けるのを感じながら、ジェイドはこちらに向かってくる集団と向かい合うため歩きだした。



「久しぶりだな、ジェイド」

「お久しぶりです」



 はたから見れば種類の違う美男子兄弟が爽やかに挨拶を交わしているようである。だが、近くで見れば二人の目が全く笑っていないとわかるだろう。



「まさかお前が第四騎士団代表に選ばれているとはな」

「ええ。大変光栄に思っています」

「今年は手応えがなさそうで残念だ。たくさん観光客もきているんだから、あっという間に終わるなんてことはよしてくれよ」



 鼻で笑う兄にジェイドは感情の読めない眼差しを向ける。ジェイドの兄であるロベルトは、幼い頃からこんなやつだった。

 ジェイドの実家であるアライズ伯爵家は代々騎士を排出する家系で、竜騎士も多いことから大変優秀な家とされてきた。ロベルトも例に漏れず、子供の頃から何をやっても完璧で、誰もがロベルトの将来に期待した。


 彼は期待通り騎士になり、エリートの登竜門とも呼ばれる第三騎士団にも難なく入団を決めたのだ。

 三歳年下のジェイドも優秀ではあっが、天才肌の兄とは違い、努力をし続けなければ結果が出ない。そんなジェイドを兄はいつも見下していたし、両親も残念がった。


 彼らにとっては結果が全てだ。いくら努力しようとも、その努力を評価してはくれない。

 家に自分の居場所はない。そう思ったジェイドは、家族を見返してやるという一心で騎士を目指し、竜騎士になった。それも、兄とは違う第四騎士団に入った。


 負けたくない、見返してやりたい。そんな感情で訓練を重ね、ただがむしゃらだった日々が変わり始めたきっかけは、次の年に入団してきたミリアとの出会いだった。

 入団当初から落ち着いたと言えば聞こえはいいが、冷めた態度のミリア。けれど、ドラゴンにだけ向ける笑顔は愛に溢れていて、ただただ美しいと思った。


 負けず嫌いで、何かと張り合おうとしてくるミリアを意識し始めるのは早かったが、未だに一歩を踏み出すことができずにいる。

 その理由がなんなのかはわかっているのだ。



「勝つのは僕達ですよ」



 逸らされることのない赤い瞳には、はっきりと対抗心が宿っていた。その眼差しを受けるロベルトは不愉快そうに眉をひそめる。



「第四が第三騎士団に勝てると? はっ、冗談はよせ。お前が代表に選ばれるくらいのレベルのやつらに負けるわけがない」

「勝って証明してみせますよ。僕たちの方が強いとね」



 ジェイドにひく様子はなく、笑顔すら一切ない。温厚で他者に喧嘩を売る姿を見たことがなかったレオンは、面白いものを見たかのように口角をうっすらと上げた。



「そんなことを言っていられるのも今のうちだ」



 ロベルトは吐き捨てるように言葉をぶつけると、ジェイド達の横をすり抜けていく。そして、ジェイドもまた、足を前へと進め出した。




「なぁ、ジェイド。知ってるか?」

「何がです?」

「あいつ、竜騎士になる前のミリアにちょっかいかけてたらしいぞ」



 レオンの言葉にジェイドの眉がピクリと反応する。



「それ、本当ですか?」

「ミリアが以前所属していた隊の副隊長が俺の同期だったから、間違い無いと思うぞ」

「……ぜってぇ、ぶっ潰す」



 地を這うような声で呟いたジェイドの顔は、それはもう恐ろしかった。普段のジェイドを知る者が見れば、より恐ろしさが増すに違いない。

 けれど、ジェイドをそんな風にした元凶であるレオンは、満足げに表情を緩める。



「これもある種のウォーミングアップだな」



 竜騎士の戦いにおいて重要なのは、技術はもちろん、風やドラゴンの状態を読む冷静さ、周りの状況を把握する分析力など様々だ。

 しかし、一番大事なのは『心』だとレオンは思っている。


 ドラゴンは知的で繊細な生き物である。それ故に、乗り手の感情にも敏感だ。

 ビビっていれば動きは鈍くなるし、落ち着きすぎてもスピードが上がってこない。適度な闘争心はドラゴンにとっても良い刺激になる。


 何より、対抗戦は普段の戦いと違い、敵と競い勝敗が決まるのだ。

 相手は人間。ちんたらと考えていては遅れをとる。ジェイドのように初めての参加ならば尚更、作戦を優先しようと周りに合わせかねない。自分が旗を取る。それくらいの勢いを持って欲しい、とレオンは思っていた。



「んじゃ、行くか」

「はい!」



 二人は赤い騎士服を翻し、戦場となる舞台へと足を向けた。



 ♢



 割れんばかりの歓声や拍手が遠くからでも耳に届く。ウォーミングアップは十分やった。スティアドラゴン達に餌をやり、毛並みも整え、準備万端である。



「今日は頼むぞ、カロイ」



 ジェイドが首元を撫でながら囁けば、相棒であるスティアドラゴンの『カロイ』は、「任せとけ!」とでも言うかのようにフンッと勢いよく鼻息を鳴らした。


 もうすぐ午後の部が始まりを告げる。ドラゴンは大きいこともあり、王都の中心地にある演習場の側で待機はできない。そのため、集合の合図である大きなラッパ音で演習場まで飛び、揃ったところで開始の合図のラッパがもう一度鳴るのである。



「いいか、お前らぁああ! 絶対勝つ。死んでも勝つぞぉぉおおお!!」

「オォォオオオ!!」



 東支部の隊長を勤めているゼンが、仲間達を鼓舞するように大きな声を張り上げる。周りで待機していた者たちも、一斉に叫んだ。もちろん、その中にはレオンやジェイドの姿もある。



「特にレオン、ジェイド! お前らにかかってるんだ。ビビるんじゃねぇぞ!」

「だぁれに言ってんですか、ゼンさん?」



 レオンの金色の瞳がギラリと光る。もうそこに、いつもの爽やか笑顔を振りまく男の姿はない。ここにいる誰よりも獰猛で、戦いに飢えた生き物のようである。

 金色の瞳に捕らえられたゼンは、ひるむ様子もなく、それどころか、若干呆れの混ざった笑みを浮かべた。



「お前はそうゆう奴だよな。レオンはほどほどにしとけ。ジェイド、お前が暴れてこい」

「はい!」



 ゼンは元々南支部の副隊長で、隊長職に就くために東支部へ移動した男である。アレクが南支部に配属されたのも、そのためだ。

 だから、レオンの性格や戦い方は熟知しているし、ジェイドの抱える事情も概ね理解している。



 ーーパッパラパーッ!



 遠くからラッパの合図が聞こえてくる。

 その音に反応し、皆が一斉にドラゴンに跨った。


 手綱を握る手にいつも以上の力が入る。ドクッドクッと心臓が激しく脈を打ち、身体が熱くなっていく。

 緊張と高揚感、不安と期待。正反対の感情がジェイドの中を駆け巡っていた。



「ジェイドッ!」



 上空から降ってきた声に、ジェイドはハッとし、顔を上げる。いつの間にか、青い空をバックに七体のドラゴンの影が飛んでいた。



「ケジメつけなきゃいけないんだろ!」



 レオンの言葉が耳に届いた瞬間、ジェイドの脳裏に出立前のミリアの姿が浮かんだ。

 ジェイドは大きく鼻から息を吸い、飲み込む。そうすると、暴れていた心臓が僅かに落ち着く気がした。



「行くぞ、カロイッ」



 ジェイドが軽く足で合図を送ると、カロイは待ってました、とばかりに上空へと飛び上がった。

 風が身体を撫で、少しずつ熱が引いていく。



「さぁ、ジェイド。お前、兄貴をどうしたいんだっけ?」



 ジェイドの横に並んだレオンがニヤリと笑う。こんな時でも普段通りのレオンを見ると、否が応でも冷静になってくる。

 ジェイドは意識して、いつも通りの微笑みを浮かべた。



「もちろん、ぶっ潰しますよ」



 周りで聞いていた先輩竜騎士達からも「いいぞ!」「やってやろう!」と声がかかる。

 ジェイドはこの第四騎士団の雰囲気がとても好きだ。初対面でも信頼を寄せ、ちゃんと仲間として受け入れてくれる。貴族が少ないことも関係しているのかもしれないが、何よりも、スティアドラゴンが好きな奴は皆仲間という意識が強いのだろう。


 外面は良いが、内心では相手を疑い、観察し、時には自分よりも劣るところ見つけようとしてくる兄のような人達ばかりの集団を見て、生きてきたジェイドにとっては、とても新鮮で、居心地がいいのだ。

 だからこそ、負けられない。こんな素晴らしい仲間を兄に馬鹿にされるわけにはいかないのである。


 バサッバサッと力強い翼の音を聞き、肌に風を感じながら、視界の端に映る演習場をジェイドは真っ直ぐ見つめていた。

 少しずつ演習場が近づくにつれ、ジェイドの赤い瞳が鋭さを増していく。観客の歓声で空気が震えるのを感じ取った時、ジェイドの視線はすでに白い集団へと向けられていた。



 ーーパッパラーパッパラーパパパラー!



 開始の合図が終わるや否や、ドラゴン達が一斉に旗のある演習場内へと急降下する。身体にかかる重みに耐えつつも、ジェイドは迷う事なく旗に向かった。


 ジェイドの前を四体のスティアドラゴンが飛び、向かってくるフォスタードラゴンに突進していく。彼らに与えられた仕事は、後方から続くジェイドとレオンの道を作ること。

 特攻気質があるレオンとスピードのあるジェイドが、旗をとる。それが、今回ゼンが立てた計画なのである。


 第三騎士団も似た戦法のようで、ロベルトは一番後ろに控えている。彼は旗を守る最後の切り札なのだろう。


 至る所から金属のぶつかる音が飛んでくる。

 対抗戦は、ドラゴンによる攻撃が禁止だ。それは、単純にドラゴンが傷ついては本職に影響が出るからで、この戦いでは、騎士の操縦技術や剣の腕など、あくまでも竜騎士自身の力を試す場となっている。

 だから、ドラゴンの体格や能力差を埋めるため、第三騎士団は第四騎士団よりも四体、数が多い。


 視界の端々では、剣と剣のぶつかり合いが多く見受けられるようになってきた。とはいえ、彼らは速度を出しているドラゴンを操縦しながら戦うのである。

 剣が触れ合うことなど一瞬で、見慣れた竜騎士には見えているが、観客にはどんな戦いが繰り広げられているのかなど、わかりはしないだろう。それでも、そのスピード感や非日常的な光景に誰もが歓声をあげている。



「突っ切るぞ!」



 ジェイドの僅か前方を飛んでいたレオンが振り向きながら声を張り上げる。その手には、刃の潰れた剣が握られており、レオンがど真ん中を突っ切って行く気満々だという事がはっきりとわかった。

 ジェイドは短く息を吐き出すと、鞘から剣を抜き出す。



「カロイ、暴れるぞ」



 ジェイドはそう言うと、少しでも風の抵抗を減らすため、カロイの背に身を寄せる。そして、翼を僅かに畳んだカロイは、飛ぶというより落下しているという表現が正しいくらい、一気に高度を落とした。

 手に剣を持っているため、凄まじい圧に片手で耐えぬく。


 少しだけ集団から抜け出したカロイは、勢いよく翼を広げ、進む方向を変えた。金色に輝く髪が暴れ、赤い騎士服の裾がバザバサと音を立てる。全てを翻すほどの風を受けるジェイドの口元には笑みが浮かんでいた。


 旗付近にいるフォスタードラゴンは四体。他の二体は旗を目指し、六体はスティアドラゴンとやり合っている。

 流石というべきか、すでにレオンは旗を守る一体のフォスタードラゴンへと突っ込んでいた。


 負けてはいられない、とジェイド達もスピードを上げ、相手との距離を一気に詰める。迎え撃つ第三騎士団の竜騎士の一人が、ジェイドに気がつき、旗に近づけまいと向かってきた。

 僅かに状態を捻り、相手を交わす。けれど、そう簡単に撒けるはずはなく、相手は幾度も角度を変え、ジェイドに攻撃を仕掛けてきた。そのたびに、ジェイドは剣で応戦する。


 まるで螺旋を描くように、二体のドラゴンが近づいたり離れたりを繰り返しながら飛んでいた。その間、ドラゴンと竜騎士を繋ぐのは、手綱を掴む片手だけだ。

 もう片方の手も、重い攻撃を受け止めたり、打ち出したりと酷使しているので、僅かに痺れを感じてくる。


 だが、そんな戦いも長くは続かなかった。相手は王都や重要な町の警護という立派な肩書きを有しているが、裏を返せば、人間相手をしているだけなのだ。

 ドラゴンと人間。どちらが強いかなど、比べるまでもない。そんなものは簡単に制圧できてしまう。


 もちろん彼らも訓練は行っているだろう。代表に選ばれたくらいだ。技だってジェイドよりも上手いに違いない。

 けれど、ジェイド達は何度も魔獣と戦ってきたのだ。自分達と同等、いやそれ以上の力を持つ相手と、それこそ命をかけて戦い抜いてきた。第四騎士団に変わりはいない。たった六人で、国の四分の一の国境を守ってきた。


 だから、限界が近づいてきた時、一瞬でも気を抜いたら終わりだ、ということは嫌なほど身に染みている。

 第四騎士団にとって、訓練とは、敵を倒すための力を身につけるものであると同時に、限界を突破する精神力を鍛えるためのものでもあるのだ。



「うおぉぉおあああ!」



 ジェイドは相手の剣が僅かに下がったことを見逃さず、相手の頭上でスティアドラゴンの大きな体を翻し、相手の剣の柄付近に剣を叩き込んだ。

 痛みを堪える小さな呻き声と共に剣が下へと落下していく。


 勝負ありだ。ドラゴンでの攻撃がルールで禁止されている以上、相手はジェイドへの攻撃手段がなくなった。ドラゴンで道を塞ぐことはできるが、相手の体力から見て、容易に交わすことができるだろう。



「次だ」



 ジェイドはすぐさま、旗へと飛ぶ。しかし、すでに次の相手はジェイドを待ち構えていた。



「……兄上」



 ロベルトは剣を構え、臨戦態勢になっている。ジェイドはチラリと第四騎士団が守る旗の方へと視線を向けた。

 旗を守る仲間の竜騎士達は、第三騎士団の攻撃を凌いでいるようだが、あまり時間はなさそうである。


 レオンは少し上空で二体のフォスタードラゴンを相手にしている。あれは完全に引きつけてくれているのだろう、と判断したジェイドは、自分が旗を取りに行かねばいけないことをはっきりと理解した。



「お前には取らせん!」

「いただいていきます!」



 双方の言葉がぶつかり合うと同時に、二人の距離が一気に詰まる。ドラゴンがぶつかりそうなほどスレスレの距離で交差した瞬間、剣に重い衝撃が走る。

 思わず顔を歪めたジェイドだったが、視線はロベルトを捉えたままだ。


 すぐさま、第二弾、第三弾と攻撃が繰り出され、ジェイドはひるむ様子もなく迎え撃つ。

 ロベルトの表情は不愉快そうに歪んでいた。



「ジェイドの分際でっ!」



 ロベルトが殴りつけるように叫ぶ。

 どこまでいっても兄は兄のようだ、とジェイドは小さなため息を溢した。



「僕は、あんたのそういうところが、大嫌いだよ」



 ボソリと呟いたジェイドの剣を握る手に力が入った。



「ケジメをつけよう」



 そう言ったジェイドは、カロイに合図を送った。カロイはロベルトの乗るフォスタードラゴン目掛けて突進する。ロベルトもジェイドに向かって飛び出した。


 加速していくカロイ。近づいて来るフォスタードラゴン。

 このままでは正面衝突をする、と観客は固唾を飲んで二人の戦いを見つめていた。


 回避をする際は、上へと上昇することがセオリーである。けれど、余りに早く回避行動をとれば、他者からは逃げたようにも見えるのだ。

 体裁を気にするロベルトにとって、それは屈辱的だろう。


 案の定、ロベルトは全く回避行動をとらない。いや、あれはジェイドが逃げると思っているようであった。

 ロベルトらしいな、とジェイドは思う。


 どんどん近く二人の距離。ドラゴンのスピードでは、ほんの三、四秒の出来事だろうか。

 ドラゴン一体分程の距離になった時、ジェイドはスピードはそのままに、カロイの身体を腹が外向きになる形で九十度捻らせ、ロベルト達の側面を舐めるように飛行した。


 ギリギリまで近づいてきて、スピードを緩めることもなく、側面へと身を翻したジェイドの動きにロベルトはついていけなかった。出遅れた手に痛みが走ったかと思えば、剣が無情にも落ちていく。


 それは正しく一瞬の出来事で、観客も何が起きたかわからなかった。

 しかし、ロベルトを抜いて、そのまま旗へと真っ直ぐ向かったジェイドの手には、赤々とした第四騎士団の旗が握られている。この瞬間、第四騎士団の勝利が高らかに宣言され、その場は今日一番の歓声に包まれた。



 ♢



 生い茂る木々の間にある広い草原のような訓練場を見ると、帰ってきたな、とジェイドは思う。空気だって断然こちらの方がいい。


 祝賀会を終え、無事帰還したジェイドは、相棒を寝床へと誘導すると、レオンと共に帰還報告をしに支部長室へと向かう。

 報告を終えたジェイドが次に向かった先は、支部の中でも比較的静かな一角であり、彼女がよく自主練習で使っている場所だった。


 近づくにつれてブンッブンッ、という風を切る音が聞こえてくる。これは彼女がいる証拠だ。

 最初に視界に映ったのは、風になびく絹糸のように細く美しい銀色の髪で、その凜とした立ち姿勢も、真剣な表情も、真っ直ぐ前を見据える青い瞳も。そして何より、ひたむきに剣を振り続けるその姿が、ジェイドは愛しく思えて仕方がない。意識せずとも表情が緩む。


 人の気配を感じたのか、前に向けられていた青い瞳が微かに動いた。そして、ジェイドの姿を見つけた瞬間、涼やかな瞳に驚きの色がつく。



「ただいま、ミリア」

「……おかえりなさい」



 若干間があったが、ミリアに「おかえり」と言ってもらえた事に、ジェイドの心は浮き足立った。けれど、そんなことを知られるのは恥ずかしいので、あくまでも普段通りの笑みを意識する。



「約束通り、ちゃんと勝ってきたよ」

「ニコラス隊長から聞きました。お疲れ様でした」



 敬意を払うためなのか、ちゃんと労うつもりなのか、ミリアは剣を振る手を止め、ペコリと小さく頭を下げた。

 今まではトレーニング中に話しかけても、余程のことがない限り手を止めることがなかったミリアの珍しい行動に、ジェイドは内心驚く。



「どんな感じでした? やっぱりフォスタードラゴンよりもスティアドラゴンの方が全てにおいて優秀でしたよね?」



 一気にジェイドとの距離を詰めたミリアが、食い気味でしてきた質問に、それが聞きたかったのかと若干複雑な思いに駆られたジェイドだったが、期待の篭った青い瞳に何も言えなくなる。



「んー、まぁ、いい経験になった。スティアドラゴンはもちろん、第四騎士団の良さも実感できたしね」

「そこらへんを、もう少し詳しく! 次の対抗戦の時の参考に」



 ミリアが食いつく話題はドラゴンに関する事だけだ。だけど、それでいいとジェイドは思う。ジェイドが好きなのはスティアドラゴン第一のミリアであり、ミリアの求める話題が尽きる心配もないのだから。



「待て待て。次も譲らないと言ったはずだろう」

「実力で奪い取ります」



 グッと拳を胸の前で握るミリアを見て、ジェイドはクラリと眩暈を起こしたような感覚に襲われた。思わず目元を手で覆い、俯く。

 ミリアは無自覚なのだろうが、表情や仕草、言葉、そのどれもがジェイドを魅了していくのだ。



「あぁ……やっぱり無理だ」



 第三騎士団との戦いに勝ったとは思えない程の弱々しい声が、ジェイドの口から漏れ出た。



 ケジメをつける。


 それは、認めてもらえないからと逃げるように第四騎士団へ入団した自分との決別であり、自分を見下している兄を乗り越えることで、今までしてきた努力の成果に自信を持つ、ということでもあった。


 兄と向かい合い、勝つことで一歩前に進む。それは、ジェイドを縛る過去からの解放を意味する。


 だからといって、積極的に自分の気持ちをぶつけようとはジェイドも思っていなかった。

 確かに自分を縛る足枷は無くなった。けれど、ミリアが恋愛に興味がないことも、男女の関係で良い思い出がないことも、薄々気づいていたのだ。


 そんなミリアに一方的に気持ちを押し付けたところで、ミリアが困るだけだろう。なんてわかったようなフリをしていたのだが。



「ごめん、ミリア。僕、ミリアの望むようなライバルにはなれないと思う」

「急に何を言いだすんですか」



 ミリアは狼狽えていた。ついこないだライバルだと認められて喜んでいたのだから、当たり前である。

 ジェイドが一向に顔を上げようとしないので、冗談なのか、本気なのかさえわからない。



「ミリアの事は素晴らしい竜騎士だと思ってるし、これからも切磋琢磨して技術を伸ばしていきたいと思ってる。だからこそ、代表だって譲りたくない」

「それならーーっ!」



 いつの間にかジェイドの目元を覆っていたはずの手が、ミリアの指先をそっと握った。

 驚いて視線を手元へ向け、再び顔を上げたミリアは、その体勢のまま固まり、息を呑む。いつも浮かべている優しい笑みはそこになく、あったのは真っ直ぐミリアを見つめる真剣な眼差しだった。



「でも……それと同じくらい、ミリアを大切な人だと思ってるから」

「……え?」



 ジェイドの放った言葉の意味を理解できないミリアだったが、顔を赤く染めているジェイドの姿を見て、つられて顔を染める。

 混乱し過ぎて口をパクパクとさせるだけで、言葉にできていないミリアが可愛い、と元凶である自分が思ってしまっていることに、ジェイドは心の中で彼女に謝った。拒絶されなかったことに浮かれているのかもしれない。



「混乱するよな。だけどやっぱり、ただのライバルだけで終わるつもりはないって、伝えておきたかった」



 ミリアがライバルだと認めてくれたことは嬉しいし、有難いけど、それだけではもう満足できなくなってきている。


 本当は嫌われるようなことなんてしたくない。けれど、ライバルだと澄んだ真っ直ぐな青い瞳を向けてくれるミリアに対し、隠しきれない気持ちを下手に隠して、隣を歩こうとしてはいけない、とジェイドは思った。

 それは、純粋に仲間として慕ってくれるミリアの気持ちを踏みにじる行為だ。



「勝手でごめん、ミリア。嫌だったらはっきり言ってくれて構わないから」

「え、や、あの……え?」



 さすがに今すぐ全ての気持ちをさらけ出すようなことはしない。それでも、少しずつでも自分を意識してくれたら、とジェイドは思いながら、唖然としているミリアに、甘酸っぱいほど爽やか笑顔を向けた。

《登場人物紹介》


【第三騎士団本部 第二竜騎士小隊隊長】

ロベルト・アライズ(27歳)

金髪、橙色の瞳、中性的な顔立ちの美男子。

幼い頃から勉学、剣、マナーなど、なんでも完璧に熟せる天才肌。竜騎士にもあっという間になれた。

そのためか、周囲には爽やかな笑みを向けているが(ここらへんは兄弟そっくり)、心の中では自分よりも劣る者達を見下している。


特に、弟であるジェイドは嫌いで、事あるごとに馬鹿にしていたが、そんな弟に負けたため、プライドズタボロ。心がポッキリ。

只今傷心中である。ちなみに、対抗戦終了後、ジェイドが何か言ってくるのではと身構えていたのだが、何もアクションがなく若干困惑気味でもある。

(はっきり言って、精神年齢はジェイドの方が上)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ