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変わるもの、変わらぬもの

色んなタイプの竜騎士と女の子が登場していきます。

恋っていいよねぇ、と温かな眼差しで見守ってやってください。

 ドラゴンーーそれは、人間や動物とは比べものにならない大きな力を持つ魔獣の頂点に立ちし生き物。


 どんな攻撃をも跳ね返す美しい鱗。

 どんなものでも簡単に引き裂く鋭い牙と爪。

 全てをなぎ倒す太く長い尾。

 自由自在に空を舞う大きな翼。


 どれをとっても生き物の中で一番だと言わしめる能力の持ち主、それがドラゴン。



 そんなドラゴンに唯一護られ、繁栄し続けてきた国が『グラン王国』である。

 グラン王国は、国土はそれ程大きくないものの、幾多の戦争から逃れ建国当時と変わらぬ領地を有していた。その大きな要因は、高い山々に囲まれた盆地にあるということと、ドラゴンという強力な武器があったからに他ならない。


 ドラゴンと人は相容れない関係。それが人々の共通認識である。ドラゴンは高い知力と身体能力で生き物の頂点に君臨しており、そんなドラゴンを従わせるなど無謀なことと誰もが思っているこの世界で、その認識を覆したのがグラン王国にだけいる『竜騎士』だった。

 ドラゴンの背にまたがり自由自在に操りながら空を飛ぶその姿は勇ましくもあり、美しくもある。竜騎士となれる者は、騎士としての実力を国王に認められ、操縦者としてドラゴンに受け入れられなければなれない。そのため竜騎士は正しく騎士の中ではエリートであり、国民から羨望の眼差しを向けられる対象であった。




 グラン王国に住む者にとってドラゴンは身近な存在だ。それは物語に出てくるヒーローの相棒であったり、歴史学の中であったり、自分達の生活を守ってくれる竜騎士であったりと様々だったが、誰もがドラゴンに好意的な感情を抱いている。


 そしてここにもまたドラゴンに魅せられた娘がいた。

 鮮やかな紅色の髪を頭の高い位置で纏め、少しつり目がちな茶色の瞳に隠しきれない好奇心を覗かせながら、怒られない程度の早足で廊下を歩く彼女の名はヘレイン。グラン王国南部の町チリカにある【第四騎士団南支部】でお手伝いさんとして働いており、もうすぐ一年が経とうとしている。



「そろそろ来る! 早くベストポジションに行かなくてわぁああ!!」



 仕事中とは思えない発狂ぶりを見せながらヘレインが向かう先は、訓練場という名のだだっ広い草原が見渡せる隠れスポットだ。



「新人君はどんな子かなぁ。楽しみだなぁ……ぐふふふふ」

「おいおい、ヘレイン。女の子がそんな顔をして歩くんじゃない」

「ふぇいっ!」



 どっからどう見ても変態だぞ、と呆れた表情を浮かべ現れた男に驚きのまま固まっていたヘレインは慌てて姿勢を正し、頭を下げる。



「ニコラス隊長! えっと、新しく入る方の部屋の掃除は終わりました」



 ニコラスと呼ばれた男は優しげな黒い瞳を緩め「ありがとな」とヘレインを労う。鍛え上げられた大きな身体、サラサラと揺れる黒い髪に縁取られた顔は色気たっぷりで、赤地に金の刺繍が施された騎士服がよく似合う。威厳ある雰囲気と相まり大人の男性という言葉がしっくりくる人だ。面倒見の良さから兄貴のように部下からも慕われており、南支部になくてはならない存在である。



「なぁに隊長と話してんのぉ。俺も仲間に入れてよヘレインちゃ〜ん」

「どっから現れたんですか、レオンさん」

「なんか俺には冷たくないっ!?」



 どこから現れたのか突如ニコラスとヘレインの会話に入ってきたのは赤みがかった金髪に金色の瞳をした美男子、レオンである。すらっとした長身のレオンは、明るくムードメーカー的存在で、誰にでもフレンドリーだ。そのルックスと話術のおかげで女性に困ることはないようだが、見かけるたびに相手の女性が変わっているため、いつか刺されるのでは、とヘレインは本気で思っている。ちなみに、こんな彼でも副隊長である。



「おい、レオン。今回の新人の出迎えはお前の仕事だろうが。何フラフラしてやがる」

「あれ? そうでしたっけ?」

「お前なぁ……ったく、行くぞ! それとヘレイン。覗きたいのはわかるが、くれぐれも近づかないようにな」

「は、はいっ!」



 ニコラスに急かされながら歩き始めるレオン達二人を見送ったヘレインはニヤリと口元が緩むのを止められなかった。何故なら、隊長職に就くニコラス直々に覗く事を許可されたからである。ヘレインの性格をわかっているからこそ、ニコラスは駄目だとは言わず釘をさすだけにとどめたのだが、ヘレインは気づいていなかった。



 ヘレインは先ほど以上のスピードで目的の隠れスポットにやってきた。屋外であるそこからは、並び立つニコラスとレオンが見てとれる。

 はやる気持ちを抑えきれず、そわそわと辺りを見渡していたヘレインの耳に、バサッバサッと風をきる音が届いてきた。ハッと顔を上げた瞬間、強風がヘレインを襲い、思わず目を閉じる。


 再び目を開けた先にいたのは、太陽を背にしているせいで輪郭だけが輝いて浮かび上がっている一つの影。徐々に大きくなるその姿をはっきりと捉えた瞬間、ヘレインは音にならない雄叫びを上げた。


 第四騎士団の赤地の騎士服を連想させる赤黒い鱗、長く鋭い爪にゴツゴツとした厳つい顔。周りにあるもの全てを吹き飛ばさんばかりに大きな翼をはためかせ、トゲトゲと痛そうな尾で器用にバランスをとりながら体長十メートルもの巨体を地面へと下ろす。ドスッと僅かに身体に感じた揺れが堪らない。



「はぁ……綺麗だ」



 涎でも垂らしているのではと思えるほどに、ヘレインはうっとりとドラゴンを見つめていた。そう、ヘレインのお目当は新人ではなく、新人竜騎士が乗ってくるスティアドラゴンだったのだ。



 グラン王国の騎士団は大きく四つに分けられる。騎士のみで形成されているのは、王族や王宮を守る【第一騎士団】と各町や国境を守る一番人数の多い【第二騎士団】である。

 竜騎士で形成されるのが、フォスタードラゴン有する【第三騎士団】とスティアドラゴン有する【第四騎士団】だ。


 フォスタードラゴンは青白い鱗を持つ体長五メートル程のドラゴンで、毒を吐くが、気性が穏やかな事もあり、王都や重要な町を守る第三騎士団のドラゴンだ。国民にとってはフォスタードラゴンを見る機会の方が多く、顔立ちがスッとしていて美しく、物語に登場するドラゴンのほとんどがフォスタードラゴンということもあってか、スティアドラゴンよりも人気がある。

 きっと第三騎士団に所属する竜騎士がエリートとされる事も理由の一つかもしれない。簡単に言えば、国民憧れの竜騎士のイメージが第三騎士団そのものということだ。



 では第四騎士団はどうなのかといえば、変人集団、これに限る。

 スティアドラゴンは体長十メートル程もあり、顔立ちも怖い。さらに、飛行能力などの身体能力はフォスタードラゴンよりも遥かに高いが、気性が荒く、飼育するためには広大な土地を必要とした。そのため国境沿いを守る第四騎士団のドラゴンとして山々から降りてくる魔獣などの排除をしているのである。


 だが、これだけでは変人集団などと言われないだろう。その大きな要因はそれぞれのドラゴンの繁殖方法に関係する。

 生まれた卵を人間が孵化させ育て上げるフォスタードラゴンと違い、スティアドラゴンはグラン王国南東部にある『ステレイア山』という一際高い山の山頂で繁殖するのだ。スティアドラゴンの竜騎士になるには、高く険しい山を登り、生まれて間もないドラゴンと出会わなければならない。登ってもドラゴンが認めなければ出会えないというのだから、第四騎士団にいるものは物好きか馬鹿か、と言われている。


 しかしヘレインは全く違う考えを持っていた。

 それほどまでに険しい道を歩み竜騎士となった彼らがいなければ、山々から現れる魔獣を倒すことなどできないだろう。もちろんフォスタードラゴンでも通用するだろうがスティアドラゴンの強さは桁違いだ。そんなドラゴンを操れる竜騎士を讃えずして何とする。


 現に、フォスタードラゴンは国内に七十体程いるが、スティアドラゴンは三十体しかいない。その貴重さといったらない。それにあの強そうな顔、大きな身体、堪らないではないか。

 ヘレインは幼い頃に見た六体のスティアドラゴンが並んで飛ぶ姿が忘れられずにいた。青い空を乱れる事なく突き抜けるその姿は美しく、今だに思い出しては胸をときめかせる。



「やっぱりスティアドラゴンが一番だよね〜」



 クネクネと両頬に手を添え悶えていたヘレインは、人が近づいてくることに全く気づかなかった。



「また変なことになってるな」

「凄い動きだねぇ」



 その声で我に返ったヘレインの前には苦笑いのニコラスとレオンがいた。あれ、新人さんは? とヘレインが思ったのも束の間、二人の後ろに人影を見つける。



「こいつが今日から世話になる新人君だ」

「本日付で第四騎士団南支部竜騎士隊に配属されました、アレクと申します。これからお世話にって、え……ヘレイン?」



 挨拶の途中で言葉を詰まらせた黒髮の青年を見た瞬間、ヘレインは返事も返せず、ポカンとまぬけな顔を浮かべていた。



「あれ、知り合い? てか、すっごい面白い顔してるよヘレインちゃん」



 もちろんレオンの茶化しなどヘレインの耳には届かなかったのである。




 ♢




 チリカ出身のヘレインには幼馴染がいた。一緒に遊ぶようになったキッカケは覚えていないけれど、多分近所にいた同い年の子がその子だけだったからだと思う。

 少し癖のある黒髪に深い青色の瞳、笑うとくっきり浮かぶ笑窪が特徴的なその子はいつも優しく温かかった。思い立ったら即行動のヘレインについてきてくれるのはその子だけで、失敗すれば慰め、成功すれば凄いと手放しで褒めてくれた。


 ニコニコとヘレインのドラゴン談義に耳を傾けてくれるその子は誰にでも優しくて、怒ったところも喧嘩している姿も見たことがなかった。そんな子が突然「オレ、騎士になる」と言って王都へ旅立ってしまったのだ。

 ヘレインは驚き、そして寂しかった。ヘレインのドラゴンの話を辛抱強く聞いてくれる人はいなくなり、行動的なヘレインについて来てくれる人もいなくなったからだ。その子の存在はヘレインにとって大切だったのだと、いなくなってから痛いほど思い知った。



「もしかしてドラゴンを見ていたくてここで働き始めたのか?」

「ま、まぁね」

「ヘレインのその行動力は変わらないな」



 そう言って笑う彼は、思い出のその子の面影を残しつつも立派な成人男性へと成長していた。ぴょんぴょんと跳ねる黒髪に深い青の瞳、笑った時の笑窪まで同じなのに背はうんと伸びてヘレインが見上げなければ目線は合わないし、ひょろっと細かった身体はしっかりと鍛え上げられている。


 宿舎を教えてやってくれ、とニコラスに頼まれたヘレインはアレクを案内しているところだった。荷物を持とうとすれば「重いからオレが持つよ」と言ってヘレインの手から荷物をかっさらい、軽々と持ってみせる。

 たったそれだけのことで優しかったアレクを思い出し、ヘレインはきゅっと胸を締め付けられる感覚に襲われた。



「騎士になるって言ってたけど、まさか竜騎士になってるとは思わなかった。ちょっと連絡してくれてもよかったんじゃない?」

「驚かせたかったんだ。こんな形で成功するとは思ってなかったけど。悪かったって、そんな不貞腐れるなよ」

「不貞腐れてなんか……」



 ない、と言ったら嘘になる。だって、アレクはヘレインがドラゴンに憧れている事を知っていたはずだ。なのになんで教えてくれなかったのか。

 不満があります、とはっきり顔に出ているヘレインを見てアレクは困ったように頭をかいた。



「竜騎士になれるかは賭けだったんだ。なるならスティアドラゴンの騎士って決めてたから。ドラゴンがオレを認めてくれなきゃなれないし、ちゃんと竜騎士になれなきゃカッコ悪いだろ?」

「なんでスティアドラゴンがよかったの? 第四騎士団に入れるくらいの実力があるなら、フォスタードラゴンの方が簡単だったんじゃない?」



 ヘレインにとっては興味本位で出た質問だった。何故難しいスティアドラゴンを選んだのか。これは誰もが一度は聞いてみたい質問だろう。

 しかし、アレクの返事はヘレインが満足する内容ではなかった。



「んー、まぁ、なんだ……第四騎士団がよかったんだ」

「ふーん」

「あ、部屋ここだな? 案内ありがとな。じゃあ、これからよろしく」

「あ、うん」



 パタンと静かにドアが閉まる。そのドアを暫し見つめ、ヘレインはお祝いの言葉を言っていなかったことに気づくのであった。




 それから何か変わったかと言えば、何も変わらなかった。もともとヘレインは裏方の仕事なため騎士団の面々と顔を合わせることは少なかったし、会ったとしても挨拶なり軽い世間話をして終わる。

 アレクは昔と変わらずヘレインの話を聞いてくれるし、その優しい物腰故かすぐにメンバーとも打ち解けた様子だった。



 今日も訓練場ではスティアドラゴンが綺麗な円を書きながら飛んでいる。急上昇、急降下、回転に宙返り。華麗な技の数々は見る者全てを惹きつける。

 青い空は彼らの戦場だ。けれど、彼らが生き生きとする場もまた青い空だけなのである。



「レオン副隊長! あそこでの回転技なんですが」

「ん? あぁ、お前は捻らせるタイミングが遅いんだ。あれじゃ、訓練でしか通用しないぞ」

「はいっ!」

「今日はあのまま休憩させてやれ。たまには広いところでのびのびさせてやらないとな」

「了解しました」



 去っていくレオンを騎士の礼をとってアレクが見送る。技の助言をもらう姿も最近では見慣れた光景だ。

 ブツブツと一人反省会をしながら建物へと入っていくアレクから視線を移せば、草原に大きな影がある。翼を休めるように草の上に身を伏せるのはアレクの相棒であるスティアドラゴンの『チェイス』だ。


 太陽の光を全身で受け止め、鱗をきらめかせるその姿の何と神々しいことか。ヘレインは無意識にほぉ、と感嘆の息を吐く。

 眠ってしまったのかピクリとも動かないチェイスに引きつけられるようにヘレインの足が草原へと向かう。感情のままに行動すればどんな結果が起こるのか。それはヘレインだって何度も痛感してきた。そのはずだった。



 突然チェイスが立ち上がり威嚇するようにバサバサと翼をはためかせ始める。ぐるっとチェイスが顔を動かした瞬間、チェイスの視線とヘレインの視線がぶつかった。ヘレインの肩が大きく跳ねる。

 この瞬間、ヘレインは己の失敗に気づいたのだ。チェイスとヘレインの距離は八百メートル程。人間の感覚ならばかなり離れた距離だろうが、ドラゴンにとっては一瞬で縮められる距離である。


 ヘレインの脳裏に『死』という言葉が明確に浮かんだ。



「チェイス!」



 今まで聞いた事のないような叫びに近い声がヘレインの背後から聞こえてくる。



「チェイス、落ち着け!」



 次第に近づいてくる声の主はもちろんチェイスの相棒であるアレクだ。

 アレクがヘレインの横を立ち止まる事なく通り過ぎる。その一瞬、アレクの小さな声がヘレインに届いた。



「目を逸らさずゆっくり退がれ」



 低く苛立ちのこもったアレクの声にヘレインは頷く事すらできず、言われた通り後ずさっていく。ヘレインの見つめる先では、アレクがチェイスへと駆け寄り身体をさすりながらなだめているようだった。



「大丈夫。もう彼女はこない。だから落ち着くんだチェイス。いい子だ」



 チェイスは落ち着きを取り戻したのか再び翼を広げその場に伏せる。その様子を確認したアレクは呆然と立ち尽くすヘレインの方へと戻ってきた。

 怒られる事をヘレインは覚悟した。いや、怒られて当然だと思った。しかし、アレクは怒るどころかヘレインに声をかけることもせず横を通り過ぎて行く。


 何も言われなかった事へのショックと恐怖からの解放でヘレインの足から力が抜ける。床に崩れ落ちそうになるヘレインだったが、腕をとられた事でその場にとどまることができた。力なくヘレインは振り返る。



「今回のはいただけなかったな」

「……レオン、さん」



 そこにはなんとも言えない表情をしたレオンが立っていた。



「ほら、しっかり歩け」

「はい」



 言葉とは裏腹にレオンはヘレインの身体を支えたまま歩いてくれる。向かっている先は休憩室だ。その優しさが今のヘレインには辛かった。



「本当にすいませんでした」

「んー、それは何に対して?」

「……ドラゴンに近づいた事です」



 きっと全て見ていたのだろう。レオンは詳しく尋ねてくることもなく、黙ってヘレインの言葉に耳を傾けている。



「ニコラス隊長からもあんなに近づくなと注意されていたのに。私……約束を破ってしまいました。アレクが怒るのも無理ありません」



 怒った姿を見たことがないアレクを怒らせた。それほどまでに事は重大だったのだと改めて理解し、ヘレインは自分の愚かさに涙が溢れる。



「なんでアレクがあんな態度をとったかわかる?」

「そ、それは、私が約束を破ったから」

「うん、まぁそうだね」



 改めて肯定されると酷く落ち込む。いや、落ち込んでいい立場じゃないが。



「だけど、ちょっと違うと思うよ」

「違う?」

「ヘレインちゃんは知らないと思うけど、竜騎士になる上で守らなければいけない制約がいくつかある。そのうちの一つに『ドラゴンが人間を傷つけた場合、そのドラゴンは処刑する』というのがあるんだ」

「え?」



 初めて聞いた内容は驚くべきものであった。つまり、人間に危害を加えたドラゴンは殺される、という事らしい。これは竜騎士が誕生した際にできた最も古い制約で、ドラゴンと会話ができたとされる初代王ゼウランとドラゴンの間で結ばれたそうだ。

 歴史学でも教えられなかった思いもよらない内容にヘレインは絶句した。



「俺たち竜騎士にとってドラゴンは家族や恋人のようなものだ。もしあの時、チェイスがヘレインちゃんに危害を加えていたら、アレクはヘレインちゃんとチェイス、どちらも失うことになっただろうな」

「っ!」

「あれはねヘレインちゃん。たぶん怒っていたんじゃなくて、恐怖に……って、あれ? このタイミングで行っちゃう?」



 先ほどヘレインがいた場所にヘレインの姿はない。廊下の先の方で響く足音を聞きながらレオンは苦笑いを浮かべた。



「廊下は走るなよぉって、まぁ、今回は大目に見るか」




 ♢



 コツ……コツ……と規則正しい音が部屋の中に響き渡る。隊長室にある机の上にペンをぶつけていたニコラスは、長く息を吐き出しながら目の前で顔を強張らせて立っている部下に視線を向けた。



「……報告は以上か?」

「はい」



 いつもより緊張した返事のアレクになんと言うべきかとニコラスは思案する。

 アレクが報告したのは、もちろんヘレインとチェイスの間で起こった件だ。今回の事は、ヘレインがドラゴンに近づいてはいけないという約束を破ったがために起こった事だが、チェイスが人を襲いかけたとなれば、チェイスの相棒であるアレクの責任問題にもなってくる。直属の上司であるニコラスへ素早く報告するのは当然のことと言えた。


 ただアレクの様子を見るに、ドラゴンの管理者として責任を果たせなかった事を反省しているだけではないようだった。大方の理由を想像できたニコラスだからこそ、かける言葉に困っているのである。



「今回は被害なしという事だから始末書だけ上げておけ」

「はい。申し訳ありませんでした」

「まぁ、訓練場内の事だからな。普通は竜騎士以外立ち入れないところだから今回のような事は滅多にないが、常に人が周りにいるということだけは意識しておけ。それがドラゴンと人、どちらも守る事になる」

「はい」



 まっすぐ見返してくるアレクの目に強い意志が見てとれ、ニコラスは満足気に頷く。そして、ふっと隊長然とした硬い表情を崩すと、苦笑いを浮かべた。



「にしてもだ。アレク、お前ヘレインとは幼馴染だったよな?」

「は、はい」

「昔からあんな感じなのか? こう好きなもの……ヘレインならドラゴンか? そういうものを目の前にすると飛びつく、みたいな」

「あぁ……割と、そうですね。感情をそのまま表に出すというか、突拍子もないことをやり出すというか……素直なんだと思います」

「物は言いようだな」



 フォローを失敗したアレクは曖昧な表情を浮かべる。



「でも私は彼女のそういう性格のおかげでここに立てていると思ってます。今回はチェイスも彼女も危険に晒してしまいましたが、もう二度とこんな事は起こしません。必ず守ってみせます!」

「あぁ、まぁ、うん……その意気込みは結構。それが竜騎士としての宣言なのかなんなのかは聞かないでやる」

「えっ! あ、いや、オレ、そういうつもりじゃ……」



 ニコラスの言葉を受け慌て出すアレクをニコラスは温かい目で見つめる。若いっていいな、としみじみ思った。



「とりあえず、今回アレクは始末書。ヘレインには、そうだなぁ……全廊下の拭き掃除でもやらせるか。あぁ、あとアレクはヘレインのところに行ってやれ。どうせなんのフォローもせず来たんだろう? お前、気が回るわりに仕事になるとお堅いからな。ちゃんとフォローしてやれ」

「え、あーー」

「以上っ! アレク隊員は速やかに行動すべし!」

「了解しました! 即時行動に移ります!」



 なにか言いかけたアレクであったが、上司であるニコラスの声に反射的に言葉を返す。返してしまったものを覆すことなどアレクにできるはずもなく、アレクは黙って隊長室を後にするのだった。




 ♢




 アレクの居場所は大体検討がついていた。ヘレインは一目散に隊長室へと向かう。

 ヘレインが隊長室の前にたどり着いたのは、ちょうどアレクが部屋から出てきた時だった。全力疾走してきたせいで息を切らしているヘレインを見てアレクが僅かに目を見開く。



「ヘレーー」

「ごめんなさいっ! 私、アレクの大切な相棒を奪うところだった」

「…………場所、変えようか」



 アレクの言葉でここが隊長室の前であることに気がついたヘレインは、またもや感情で動いてしまった己を恥じ、大人しくアレクについて行く。二人がたどり着いたのは誰もいない庭であった。



「あ、あの改めて、本当にごめんなさい」

「うん。まぁ、その謝罪は受け取るよ。ヘレインの突発的な行動には慣れてるつもりだったけど、今回のは流石にね」

「う……ごめんなさい」



 言い訳の言葉も見当たらず、ヘレインはただひたすらに頭を下げた。



「もういいって。今回は誰も傷つかなかったし。でも今後は気をつけるように」

「はい」

「あぁ、あとニコラス隊長からお説教は食らうと思うから覚悟しといた方がいい」

「うぐ……」



 項垂れるヘレインの頭にアレクの小さな笑いが落ちてくる。アレクの纏う雰囲気がいつもと変わらないことに気づいたヘレインは恐る恐るアレクを見上げた。



「もう怒ってないの?」

「怒る? あぁ、まぁ……ヘレインに怒ってた訳じゃないし」

「えっ、なんで?」

「怒られたいの?」

「いや、それはないけど」



 しかしヘレインは納得できなかった。レオンから聞いた内容から考えても、アレクはヘレインにもっと怒っていいはずなのだ。アレクにとって家族や恋人と変わらない相手を危険に晒したのは他でもない、ヘレインだ。普通なら怒るだろう。



「この前、ヘレイン聞いたよな? なんでスティアドラゴンを選んだのかって」

「あ、うん」

「ヘレインがスティアドラゴンを好きだったからなんだ」

「……へ?」



 突然何を言い出すのかと思えば、アレクはヘレインが好きだったからスティアドラゴンの竜騎士を目指したと言うではないか。ヘレインは驚きのあまり口をあんぐりと開けアレクを見返した。



「小さい頃のヘレインって、口を開けばスティアドラゴンの話ばっかりでさ。同じような話を何度も聞かされた」

「あ、その……その節は申し訳ありませんでした」



 突然のクレームにヘレインは言葉が見つからず、頭を下げる。やはり他の人同様、アレクも迷惑だったようだ。ヘレインは地味にへこんだ。



「でも、ヘレインの話を聞いてるうちにオレもスティアドラゴンが好きになってさ。見てみたいって、見せてやりたいって思ったんだ」

「……」

「まさか自力でスティアドラゴンに近づくとは思わなかったけど」

「ごめんなさい」



 あれ、なんかいじられてる? と一瞬思ったヘレインだったが、ここは大人しく頭を下げる。



「スティアドラゴンってかっこいいよな」

「うん、かっこいい」

「オレ、一人前の竜騎士に早くなりたいって思ってる。それぐらい、好きなんだ。今のオレがいるのはヘレインのおかげ」

「……アレク」



 きっと自分にそんな事を言ってくれるのはアレクだけだと思うとヘレインは胸のあたりがじんわりと温かくなっていく気がした。



「だからちゃんと見ててくれ。ドラゴンだけじゃなく、俺が一人前になるところを。大切なものを守りきれる強さを身につけてやるからさ!」



 くしゃっと笑ったアレクの口元には可愛らしい笑窪がある。だけどもうヘレインは彼から小さな幼馴染の面影を見つけ出すことができなかった。

 そこにいるのは紛れもなく、金の刺繍が施された赤地の騎士服をきっちりと着こなし、すっと背筋を伸ばした勇ましい竜騎士だったからである。




 アレクは変わらない。その優しさも、懐の深さも、子供の頃のままだ。

 でも確かに変わったこともある。アレクは誰もが憧れる竜騎士で、大きな目標を胸に空に挑んでいる。そしてなにより、とても熱い男になった。






 今日も変わらず大きな翼を広げたドラゴンが青空の中を舞っている。ヘレインの視線の先には、ドラゴンに必死に跨りながら指示を出し汗を流す竜騎士の姿があった。

 自分に厳しく、人に優しく。そんなアレクに負けないように自分も変わりたいとヘレインは思う。



「見惚れてんのはいいが、ちゃっちゃと掃除しろよヘレイン。これは罰なんだからな」

「ぬわっ! も、申し訳ありません、ニコラス隊長。すぐ終わらせます!」



 まずは目の前のやるべきことを片付けるのが先だ、と手を動かし始めたヘレインが己の心の変化に気づくのはもう少し後のこと。

《登場人物紹介》


【第四騎士団南支部 竜騎士隊隊長】

ニコラス(31歳)

相棒ドラゴンの名『アスティ』

高身長、黒色の髪と瞳を持ち、男の色気たっぷりで、皆の兄貴的存在。

面倒見よし、人柄よし。



【第四騎士団南支部 竜騎士隊副隊長】

レオン(27歳)

相棒ドラゴンの名『イクス』

赤みがかった金髪と金色の瞳を持つ美男子。

ムードメーカーという名のお調子者で、女好き。いつも女性の影があるが、長続きしない。

ただし、こんなんでも竜騎士としては超一流。



【第四騎士団南支部 竜騎士隊】

アレク(20歳)

相棒ドラゴンの名『チェイス』

少し癖のある黒髪、碧眼、優しげな顔立ち。

誰にでも優しく、いい奴で、スピード飛行を得意としている、新人竜騎士。

ヘレインの突発的な動きにも慣れていることから、意外と肝が座っている、のかも。



ヘレイン(20歳)

紅色のウェーブヘア、茶色の目、きつめの顔立ち、若干小さな胸を気にしてる。

天真爛漫、思い立ったらすぐ行動。

スティアドラゴンが大好きで、ドラゴン見たさに、南支部のお手伝いさんをしている。




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