解き明かされる過去21
「俺にはもったいない子だよユーはさ。小さいころから、サッカーに夢中で学校のことはほとんどユーに頼りっきりだった。忘れ物したら貸してもらったし、宿題だって教えてもらった。酷いもんだよ、甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれるユーを母ちゃんみたいに扱ってたんだ。しまいには、サッカー部のマネージャーになってもらったのも、私生活がだらしない俺の為に、またいろいろと世話を焼いてもらうためだ」
それなのに、何も言わず優香さんだけを一人残してサッカー部を辞めたのか拓哉は。酷いやつである。優香さんがどんな気持ちで拓哉がいなくなった部活に残り、日々を過ごしたのか考えたことがあるのであろうか。
「もちろん、ユーに言ったさもう辞めて良いんだぞって。そしたらさ、あいつなんて言ったと思う? サッカーを辞めたたーくんなんて大嫌い! 私の大好きなたーくんはどんなことにも絶対に逃げ出さない頼もしい男の子! だって言ったんだ。それ聞いたらさ、どうしていいか分からなくなっちゃってさ、本当の事言えなくなっちゃったんだわ」
「拓哉ってさ、大事なことは言わないらしいね? 辞めるよりも先に、なんで優香さんに相談しないんだよ」
「だって、約束したんだぞ選手権に絶対お前を連れて行くって? あり得るか、そこまで見栄はっておきながらさケガでリタイアだぜ? それに、寺嶋にも本当の事言わなくちゃいけなくなるし、こうするしかなかったんだ」
壁に背を付けたまま力なく座り込む拓哉。仲間の不注意で負ったケガに、幼馴染との約束。その双方が拓哉の心にどれほどの苦しみを与えたかなんて、僕に計り知れる訳もない。訳もないが、大事なことは一つである。単刀直入に問う。
「サッカーを続けたいのか、続けたくないのか。どっちなんだ?」
「続けたいに決まってるだろ! 俺はいつしかプロになってユーを奥さんに真田一家だけでサッカー出来るくらいの大家族の父ちゃんになりたかったんだ」
「じゃあ、やろうぜ! 例え、その膝がもう動かないのであろうとも、お前はサッカーを辞めちゃいけない! 僕にいい考えがある」
真田家でサッカーが出来るくらいの大家族って、少なくとも二十二人は必要なのであるが、拓哉の顔は大まじめであった、優香さんが聞いたら一体どんな顔をしたのだろうか。「頑張る」って言いそうな気がして、思わず変な妄想が膨らみかける。
が、それをグッと脳裏にしまい込み、拓哉に一つ提案をする。もちろん、悪い笑顔で、である。
「道明学園との練習試合に乗り込むぞ。拓哉、スタメンでフォワードやるぞ」
「はあ? 正気か雅?」
「正気? バカか、正気でこんなこと言える訳ないだろ。無謀だよ、退部した元部員の為に、伝統の一戦をめちゃくちゃにするんだ。ただじゃすまない。けど」
「けど?」
「秘策がある。拓哉はその日、グラウンドに来ればいいだけだ。絶対に、拓哉をもう一度ピッチに立たせてやるよ」
秘策も秘策である。一介のマネージャーがスタメンに退部した拓哉を起用出来る訳がない。だけど、僕の脳裏にある人物の空気が抜けたような笑い声が響いている。きっと、大丈夫だ。
「最後に、拓哉。僕とも約束してくれないか?」
「なんだよ」
「仲間たちに真実を伝えること。そして、奈緒にもすべてを話してあげてほしいんだ。あいつ、あの日のこときっと自分のせいだと思ってるからさ」
「分かった。約束するぜ。サッカーだってどうにか続けられる方法を見つけるし、たかだか一カ月だけでも奈緒ちゃんに、すげー元気づけられたのは間違いない。雅、任せたは、俺と寺嶋のことを救ってくれ」
その笑顔を久しぶりに見た気がしたのは、拓哉がそれだけ僕に多大な影響を与えていたことを意味しており、拓哉もまた僕の存在を大きく感じてくれていたからすべてを任せてくれたのであろう。
拓哉に後日連絡することを約束し、やっと姿を見せた末っ子に熱烈な歓迎を示す姉妹に別れを告げ、最後に幸久さんと範子さんが僕を呼び止めた。
「若いとは良いものだな、なに、困ったことがあれば私に言ってくれたまえ、学園の人事くらいなら動かせるからな」
「あらら、大人が手を出すなんて無粋ですよ。でも、雅君、たっくんは私たちの宝物です。協力は惜しみませんよ。いつでも、遊びに来てください」
真田家の期待を背負うにはいささか貧弱な体ではあるが、僕は大きくうなずいた。僕だって拓哉の為ならなんだってするのだ。その気持ちが通じてか、笑顔の真田家が僕をいつまでもその玄関先で見送ってくれた。
どうして現場に居なかった五人が、僕らが何も言わなくても状況を理解していたのかを知ったのは、この問題が全て解決した後である。
そして、僕の幼馴染が本当は“二人”だったと明かされたのは、渦中のサッカー部がしがらみから解放されたその日である。
誠に人生とは分からない。人の為に良かれとやったことが実は自分の為であり、あれだけ拓哉には友人を大切にしろと言っておきながら、いざ自分が当事者になれば何もできないのである。
あれだけ繰り返し見ていた夢がその日から違うモノになったのは、僕がいよいよ渦中の人になったからである。解き明かされる過去は、拓哉のモノだけではく、僕の知られざる過去でもあったのだ。




