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初めての恋  作者: 神寺雅文
第四章--解き明かされる過去
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解き明かされる過去14

 なら、どうして、拓哉は学校に来れなくなってしまったのだ。僕らの前から姿を消してしまったんだ。どうして、こんなことになってしまったのだ。


「君の拓哉好きも私達に負けてないようだね。どうか、拓哉を助けてくれないか?」

「私達、姉からもお願いします」


 元来、気持ちが表情に出てしまうのが僕である。途端に暗くなった僕に何かを察したのだろう。四つの頭が下がる。


「たっくん、落ち込んでること口に出さないけど、去年からずっと元気なかったのよ。それが、四月から途端に明るくなって、ある男の子の名前をよく言うようになったの」


 紅茶を人数分運んできた範子さんが、意味ありげに僕をジッと見つめる。


「菅野雅、そう、君が拓哉を元気づけてくれたのだ。だから、真田拓哉を君ならもう一度、バカでアホな私たちの自慢の末っ子にしてくれるはずだ」


 拓哉のことでお願いしに来たのはこちらだと言うのに、真田家は僕に拓哉を救ってくれとお願いするのだ。そんなこと、言われるまでもないし頭を下げるのはこちらである。


 だから、僕は立ち上がりそのまま地面に正座して、全身全霊の土下座をした。


 子供の紙より軽いプライドに価値などあるはずもないが、僕はなけなしのプライドも拓哉の為に捨てる覚悟はここに来る前から出来ていた。


 顔が写るくらいに綺麗なフローリングに額をグリグリと押し付け、ありったけの誠意を示す。


「自分が悪いんです。自分が、拓哉に頼りっぱなしで、本当はサッカー部辞めたことを僕が気にしてあげれば拓哉は、拓哉はあんなことにならずに済んだんです。僕が、自分の恋を成就させるためにだけを考えるばかりに、拓哉の気持ちに気づいてあげられなかった。だから、頭を下げるのは僕なんです」


 僕の楽しかった一カ月の間、拓哉はどんな気持ちで過ごしていたのかなんて考えたこともない。サッカー部を辞め、普通科に転籍になっても、明るく元気にクラスのムードメーカーを担った彼の心中を、誰が想像したであろうか。僕は間違いなくしたことがない。


 あのチャラさの陰に、陰鬱とした気持ちが隠れていたなんて、僕は微塵も思っていなかった。


 拓哉を愛する家族の想いに触れて、それが急に恥ずかしくなった。後悔の念で胸が張り裂けそうだ。いっそ張り裂けてしまえばいいとさえ思える。


 そんな僕の言葉と行動に驚いた表情をした真田家一同であるが、幸久さんが腰を上げ僕の元へ歩んでくると膝を折った。


「バカな真似はやめてくれ、土下座なんて若い者がすることじゃない。さっきも言ったが、私たちは君に感謝しているんだよ。それよりも、拓哉がああなってしまったGWのことを話してくれないか?」

「服なんて久しぶりに買い込んできたたっくんが、次の日にまさかね……あんな顔するとは思いもよらなかった。姉として、できることはなんでもするつもりよ」


 千鶴姉の言葉に他の姉達が首肯で同意の意を示している。


「聞かせてくれませんか? 今、あなた達が抱えている問題を」


 範子さんの深みのある声色に、僕は隠し事なしで全てを打ち明けた。


 僕が春香を好きなことも、拓哉が奈緒を好きなこと。奈緒が自分へ向けられた拓哉からの好意を避けていることも。そして、あの男たちの蛮行のすべてを洗いざらし吐き出した。


 最後に、僕がここに来た経緯まで話すと、どこにも笑みは咲いておらず全員が様々な表情を浮かべ沈思していた。


 僕があの男たちの事を質問したのは、沈黙がとっぷり五分間経過してからだった。


「寺嶋、高橋、草野、秋葉のことを教えてください。そして、拓哉がサッカー部を辞めることになったきっかけも、いまどうしているのかも」

「ふむ、どこから話せばいいものか。拓哉がサッカーを始めたのは私の影響なんだよ」


 昔の記憶を思い返すように言葉を選び語り始めた幸久さん。一枚のガラスのみで出来た窓辺に歩み寄った幸久さんが広々とした庭に置かれたサッカーゴールを見つめる。 


 もともと幸久さんはサッカーが大好きで青年期に選手権に出たことが唯一の自慢だった。もちろん結婚して男の子が生まれたらサッカーを習わせることは、範子さんと交際を始めたころから心中で決めていた最優先事項だ。男というのは単純で自分の好きなモノを子供にもやらせたくなるのだ。幸久さんは遠い目をして笑ってそう言った。


 でも、生まれてくるのは待てど暮らせど、女の子ばかり。むろん、喜んだ。


 千鶴が誕生した時は感動で嗚咽を通り越し吐きそうになった。名前だって寝ずに考え、古臭いだの堅苦しいだのと親戚一同に笑い飛ばされたことも今でも昨日の様に思い出せるものだ。


 幸久さんの温かい想いに気が付いたその娘たちがお互い顔を見合わせて微笑んでいる。


 父親とは子供の為なら、なんだってする。最愛の嫁と三人の愛娘が不自由なく暮らせるようにがむしゃらに働き、かの有名な木村財閥の出世街道をひた走り、今の豪邸を建て、長女が生まれてから六年経った残暑も残る八月の暮れに、待望の男の子が生まれた。


 それが拓哉であった。


 ベビー服を着せる前に、その日の為に準備しておいた侍ジャパンの侍ブルーのユニホームを着せようとしたら、自分よりも十歳以上若い助産師さんから本気で説教されたとか。哺乳瓶やらオムツやら他にも準備するモノがあるにも関わらず、産声を上げてから一時間しない間に、すやすやと寝息を立てる拓哉の横にサッカーボールを置いて記念写真を撮影したとか。


 始まりからがそうだっただけに、拓哉のサッカー人生は産声と言うホイッスルが鳴り響いてから猪突猛進的にサッカー一色に染まった。一番最初に覚えた言葉はサッカーだし、一番最初に行きたいと言ったのは、国立競技場である。親戚の意見などどこ吹く風、幸久さんの計画通りに拓哉はすくすくと育ち、立派なサッカー小僧に成長していった。


 いよいよ、拓哉のサッカー人生に現実味が帯びてきたのは、小学四年生になったころである。


 女姉妹に囲まれオママゴトに駆り出され設定が昼ドラのような茶番劇に付き合わされる拓哉を不憫に思った幸久さんが、自身も通っていた少年サッカークラブに拓哉を連れて行ったのだ。


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