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初めての恋  作者: 神寺雅文
第四章--解き明かされる過去
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解き明かされる過去03

「誰? お前?」

「お~い、優香ちゃん男が呼んでるぞ」


 誰かの意志で分けられたかの様に、綺麗に前と後ろとで男女で分かれた二年A組の昼休み風景。入口付近で一塊になっていた男のグループから一つ頭がこちらを向くと、一斉に他の後頭部がこちらを向き怪訝な表情をされた。男だけで何をしているんだと、表情には出さない様に心の内だけで悪態をつきながら教室の後方から慌てて駆け寄ってくる女の子を待つ。


 あれ、男子グループの中心にいるのは、奈緒が愛読する雑誌の表紙を務めていた木村竜人その人ではないか。男子からも絶大の人気を博しているのか。なるほど世間は不平等である。特にその背後にいる男三人が大事な宝石を見つめているとでも言いたげな視線を木村竜人に向けている。


 ――と、その更に背後の窓際でカーテンが風でなびくと同時に、ギターの音色がどこからともなく流れてきた。


 これは、我が敬愛するパンクバンドの最も売れた名曲のワンフレーズではないか。自分がどうしてわざわざ四つも教室が離れたA組に足を運んだのか失念しそうになる。目で音の出先を探り逆光の中で窓際の席、ギターを抱える一人の男を見つけた。


「あの、私が優香ですが、どちら様ですか?」

「あ、えっと、僕はF組の雅って言います」


 前情報にあったように、サッカー部のマネージャーらしく髪をポニーテールに結った少し日焼けした肌が、白いブラウスに栄える女子がぎこちない笑みを見せている。


「真田拓哉のことでお話がありまして」

「たーくんのことですか?」


 ぐふ、なんとも可愛らしいあだ名である。拓哉が脇にいたら絶対にいじり倒している。が、ここはグッと堪えよう。


「その、長期入院になったみたいで、何か知らないですか?」

「にゅーいん? ……知りません。何も知りません私は」


 ツンとした表情でそういう優香さんは、見るからに不機嫌である。


「あの、拓哉がいた頃のサッカー部のことも聞きたいんですけど」

「それも知りません!」

「いや、でも、サッカー部のマネージャーなんだよね?」

「そうですけど、知らないものは知らないんです」


 おいおい、たーくんって特別な呼び方をしておいてその言動はないんじゃないか。


 あからさまな苛立ちが僕にまで伝播してきて、僕の声色にも少しばかり怒気が混じってしまったのかもしれない。前列の席を占領する男子グループの中心人物――木村竜人が口論になりかける僕らに制しの声を掛けてきた。


「よさないか二人とも。とくに、雅と名乗ったそっちの男、レディーに対する態度が少々出過ぎているぞ。知らぬと言ってるのだから、ここは潔く引き下がるべきではないのか」


 独特の言い回しがそれらしいと言えばそれらしく、瞬時にして僕はこいつが嫌いだと思った。なぜか知らないが、こいつとは友達になれないとも悟った。良く分からないが、第六感がそう告げているんだ。


「……、急にごめんね。今日は出直すよ、何か分かったら教えてください」

「……はい」


 彼女も彼女で失礼な態度を取ったと感じたのか別れ際は少しだけ笑顔を繕った。


 結局その週は、二度A組の教室を訪れたが、優香さんは「知らない」の一点張りで埒が明かなかった。サッカー部のマネージャーでありながら、拓哉と寺嶋の問題を知らないとは思えず、しつこく食い下がる僕に決まって木村竜人が苦言を呈してきた。


 他の誰でもなく、輪の中心にいながらわざわざ、教室全体に響くような持ち前の声量で「いい加減にしないか、しつこい男ほど醜いものはない」って言い放ったのだ。


 こっちとしては、不自然なまでに拓哉のことを拒む優香さんを問い詰めたいものの、我がクラスの会長とは違う空気感で、教室全体を掌握した木村竜人のせいで僕が悪者扱いされて半ば強引に視線だけで廊下へ押し戻された。


「もう、こないでください迷惑です」


 ドアを閉めつつ優香さんはそう言い残し向こうの世界に消えた。


 その日も、その背後からギターの音色が聞こえたが、もう僕はこの教室にくる気概がなくなってしまった。彼と語られたらいいなって思ったが、あいにく向こうは僕に興味はないであろう。


 「トモキ~俺にもギター教えてくれよ」


 そうか、彼がトモキと言うのか。会長がギター小僧と称す、ギターの申し子が彼なのか。


 喧騒に塗れる廊下に響くギターの音色はどこまでも綺麗でどこまでも穏やかである。壁一枚隔てても明瞭な旋律が彼のギターの腕前を証明している。


 こんな音を奏でる男は、一体どんな人間なのだろうか。もし、機会があれば話がしたいものだ。なんて、思っていたが予鈴にせかされてその場を急いで後にするのであった。


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